国王クーデターから丸2年
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昨夜は午後6時から9時半まで停電、今日は午前10時から午後2時まで、そして午後8時から12時までの停電である。
日中の停電は、その間外出したり、寒さは日当たりの良いところでしのいだりなど、何とか過ごせるものの、夜の停電時には、やはり寒さがこたえる。
残り少ないストーブ用の灯油は、夕方や夜に人が訪ねてきたときのためにとってある。電気ストーブが使えないため、厚着をして、しのぐほか仕方がない。
ロルパなどのフィールドに行ったときにはもともと電気のない生活なので、暗くなったらご飯を食べて寝る。
村の生活を思えば、まだまだ不便とはいえない生活だが、カトマンズにいるときには、やはりパソコンを使う仕事が日常的にあるために、仕事のやりくりが大変だ。
停電のときに資料を読んで、電気がきたら原稿を書く。むしろ、効率的に仕事ができるはずなのだが、そうもいかず、まだまだ慣れたとはいえない。
さて、今日はビクラム暦でいうとマーグ月19日。2年前のこの日、ギャネンドラ国王がクーデターを起こしている。
午前10時、ネパールテレビを通じて、30分におよぶ国王の演説が放送され、同時に国内のすべての電話、携帯電話が不通になった。
あの一日のことは、どこに行って、誰に会ったかまで、よく覚えている。電話が通じないために、アポをとらずに、あちこちをタクシーで訪ねて歩いた。
タクシー代がすぐに1000ルピーを超えたことを覚えている。
この夜に放送されたBBCラジオで、UMLのマデヴ・クマール・ネパール総書記が「これはクーデターだ」と叫ぶようにして話していた。
この電話インタビューの直後にネパール総書記も、他の政党リーダーと同様に自宅監禁状態下に置かれている。
翌朝、彼の自宅に行くと、ベランダに出てきて、警官に止められるまでのあいだ話をすることができた。
この2年のあいだ、いろいろなことがあった。一番大きな変化を経験したのは、他の誰でもないギャネンドラ国王だろう。
すでに、憲法上では「一般のネパール人」になり、王制さえも崖っぷちにおいやられた国王だが、野心的な性格がそう簡単に変わるとも思えない。
先日の週刊紙へのコメントを見ると、まだ、「自分にはできる」と愚かな自負を捨てていないような気配が見える。
7政党の協力体制が崩壊するのを王宮の中から静かに見守っているという噂もあるが、選挙が開かれれば、王制はお仕舞いである。
何らかの動きに出るとすれば、まもなくだろう。




