マオイストが長距離砲を設置した高台からベニ・バザールを見下ろす。右手のミャグディ川に沿って、郡警察署、郡裁判所、郡行政長官事務所、王室ネパール軍兵舎が並ぶ。

勝者のいない戦い
襲撃の当夜、ベニには117人の警察官と約350人の王室ネパール軍兵士、合計約470人の治安部隊が駐屯していた。人民解放軍の西師団には約4000 から5000人の武装ゲリラがいると推測されることから、ほぼ10倍の兵力のマオイストが襲撃したことになる。

実は、王室ネパール軍兵士のうち120人はポカラ市に駐屯する部隊で、近隣の郡をパトロールして、この夜たまたまベニにある郡開発委員会のホールに宿泊していた。マオイストはこれを知らなかった。この偶然がマオイストにとって誤算となったようだ。

二つの川にはさまれ、狭い谷間の底にあるベニはマオイストにとって、これ以上、襲撃しやすいところはないのではないかと思うくらい好条件がそろった地形である。

しかも、軍警察署を東の端に、政府の役所をはさむようにして、軍兵舎までがほぼ一直線に並んでいる。120人の兵士が泊まっていた郡開発委員会の建物は、郡警察署と王室ネパール軍兵舎のちょうど真ん中に位置する。

マオイストは襲撃から9時間で郡警察署を占拠し、生き残った警官を拘束するのに成功したものの、結局、最後まで軍兵舎を落とせないままに終わった。結果的に、“計算外の120人の兵士”が軍兵舎の占拠を阻止したと考えることもできる。しかし、10倍の兵力をもちながら、最大の目標を落とすことができずに引き上げるとは、やはりマオイストの武力に限界があったとしか思えない。 

ベニ・バザールの裏手を1時間ほど登った見晴らしのよい高台で、筆者らは、マオイストが襲撃の際に81mm長距離砲1基と2インチ長距離砲2基を設置した場所を見つけた。そこには、81mm長距離砲の弾の空筒だけで約60個置き去りにされていた。マオイストはベニを見下ろす、少なくとも3箇所の高台から、長距離砲を放ったと見られている。かなりの数の砲弾が使われたはずである。

「マオイストは自家製の手りゅう弾だけで約2万個使っている。ベニ襲撃にマオイストはあらゆる人的資源と武力を使った可能性が高い」
軍兵舎でマオイストと交戦した少佐の一人は、こう話す。

それに対して、この襲撃でマオイストが得た成果は、役所の建物を焼き討ちしたこと、約20万ルピー(約30万円)の現金、軍警察署から奪った武器だった。マオイストは襲撃の最中に降伏した郡行政長官と警察官ら37人を“捕虜”として拘束した。

マオイストは、37人の身柄を、現在、軍の施設に拘留されているマオイスト幹部3人の身柄と交換することを条件に出してきた。しかし、この条件は満たされることなく、17日後の4月6日、マオイストは37人を釈放した。ベニ襲撃で、マオイストは連隊副司令官が死亡したことを認めている。200人近い犠牲者を出して、この襲撃からマオイストは一体何を得たのか。少なくとも、この戦いに“勝者”はいないことは確かである。