◆倫理の問題として原発を見たドイツ
R:よく比較されるのがドイツの例ですね。ドイツでは、1990年に東西ドイツが統一された時、27基の原発があったそうです。それが徐々に減ってきて、政界も経済界も脱原発社会を目指そうということで合意をし、ひとつのビジョンを作ってやっていくことを決めました。今はまだ、各家庭の電気代が上がったり、いわゆる再生エネルギーがなかなかうまく作れなかったりという問題はありますけれども、ドイツ社会がどうエネルギーを作り、また使っていくかという大きなビジョンを持って、やっていっているというところです。そこはやっぱりすごいなあと思うのですが、小出さんはどのように思われますか。

小出:私もそう思います。

R:一方、日本は使用済み核燃料が17000トンほど溜まっています。その処理を放ったらかしにして、また再稼働に行こうとしている。ビジョンなしでこれだけのことがこれからも続けられようとしていることについて、どう考えたらいいのでしょう。

小出:日本という国は、ビジョンというものをきちんと考えたことが未だかつてなかったのではないですかね。今は安倍さん自身が経済最優先と言って、とにかく金儲けということ一点で突き進んでいるわけですね。ドイツがどうして脱原発ができたかというと、政府の中に、技術的な問題を考える委員会のほかに、倫理委員会というまた別の委員会を作って、そこで原子力をやることがどういう意味を持っているかということを考えたからです。

R:政府の中にそういう委員会を作ることができたのですね。

小出:そうです。今、使用済み燃料というものが日本でどんどん溜まってくるわけですけれども、その始末の仕方すら世界中どこも知らない。日本も知らないし、ドイツも知らないわけです。そういう時に、ドイツの政府の中にできた倫理委員会は、自分たちが始末もできないようなゴミを生み出す、そのこと自体が間違えているから原子力をやってはいけないという結論を下すわけです。それが結局、ドイツを脱原発に向かわせたわけです。
ドイツというのは、そうやって自分たちが生きているということがどういうことか、また、未来をどうやって作っていくかということを、技術的な問題としてだけでなく、きちんと人間の生き方の問題として考えるという国だったのです。良い国だと思います。