◆原発なき社会は差別のない社会

R:ドイツでは、国民の代表者らが政府の中に、技術以外の部分である、倫理や生き方などを考える場所を作ったということですよね。日本もそうあればいいと思うのですけれども、原発が危険だということだけではなかなか変わらないという仕組みが厳然と存在しているのも事実ですよね。

小出:そうですね。

R:今お話したような技術的な部分とは別の、社会や政府の仕組みなどについてですね、こういうところを変えれば、あるいは、こういうところをもう少しみんなで考えれば、原発を止めるためのプロセスや仕組みを作れるのではないか。そんなふうにお感じになることはありますか。

小出:はい。私は原子力の場で長年、生きてきた人間で、原子力というのは徹底的に危険で破滅的だと思います。それだけで、もう原子力は否定されるべきだと思いますけれども、私が原子力に反対してきた根本的な理由というのは、危険だからとか、そういう話ではないのです。原子力というのは、徹頭徹尾、差別的なのです。

R:例えば、どういうところですか。

小出:立地の問題からそうですし、労働の現場もそうです。あと、日本で原子力と呼んでいるものは、いわゆる核兵器と同じ技術であり、核兵器を持つ国と持たない国という、現在の差別的な世界構造をつくっていることや、世界の平和とも非常に根本的に関わっているわけで、そういうものを私は許せないと思ってきたわけです。
そういう意味で言えば、一般の方の中には、原子力の技術的なことにコミットをされている方はほとんどいないと思いますけれども、当然それで結構なのです。問題は、自分たちの身の周りにも酷く差別的な課題が多くあると思いますけれども、そういうことに一人一人が関わってくれたら、私が関わっている原子力の問題と通底して、手が結べると思います。

R:そうですね。身の回りの差別をなくしていく、あるいは公平な社会を作っていく過程で、脱原子力に向かっていく社会も見えてくるということなのですね。

小出:はい。同じことだと思っていますので、同時にやらなければ、どちらも達成できないと思います。

※小出さんの音声をラジオフォーラムでお聞きになれます。
「小出裕章さんに聞く 原発問題」まとめ