小学校で授業を受ける女子児童。タリバン時代に禁止されていた女性への教育も復活していた。(2002年7月撮影)

ソ連の影響下にあった頃は、都市部では膝丈ほどのスカート姿の若い女性さえ見られた時代もあった。そのソ連と戦うためにと、イスラム勢力をフリーダム・ファイター(自由の戦士)と呼び、武器や資金を援助したのはアメリカだ。

そして長年、世界から放置されてきたアフガニスタンは、アメリカが開始した「テロとの戦い」の舞台として再び注目されることとなった。アルカイダ、タリバンら「イスラム過激派」の掃討作戦は、国際社会の支持を得て遂行された。

内戦はアフガニスタン人どうしの戦争とはいえ、それは大国の思惑や都合につねに左右されてきた。アフガンは再建できるのか。そして女性たちはどう変わっていくのか。
授業を熱心に受ける子どもたちの姿を見つめながら、その幸せを願わずにはいられなかった。

タリバン政権下で自宅などを使って地下学校を開き、女児に読み書きを教えていた女性教員も少なくない。(2002年7月撮影)

一方、叔父に引きとられた幼い子どもたちのほかに、20歳になる長女、18歳の次女がいた。ふたりはすでに結婚し、それぞれ別の遠く離れた地方の村に移り住んでいた。

私が裁判所で入手したザルミーナの夫殺し事件に関する警察調書では、当時すでに15歳だった長女が事件の目撃者として証言をしていた。
事件の真相を知るためには、娘たちに会って話を聞きたいと思った。

保守的な地方の村で、娘たちに会うことが可能かどうかはわからない。
母、ザルミーナのことは周囲に隠して暮らしているかもしれない。

アフガンの文化や娘たちの環境に気を遣いながらも、叔父に依頼してみた。
叔父は、アロザイのことを正しく伝えてくれるなら、と私の申し出を受け入れてくれた。

娘たちは母、ザルミーナをどのように思っているのだろうか。
私たちは叔父の案内で、別々の地方に嫁いだ娘たちのもとに向かった。(つづく)【玉本英子】

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(14・最終回)裁判所で見つけた警察調書と顔写真 写真2枚
(13)娘の最後の日 写真3枚
(12)競技場での公開処刑 写真6枚
(11)カブールの売春婦たち 写真4枚
(10)女子刑務所で 写真5枚
(9)タリバンは巨大な悪なのか 写真4枚
(8)タリバン支持の村に暮らす次女 図と写真3枚
(7)長女が語った意外な言葉 写真4枚
(6)遺された子どもたち 写真6枚
(5)札びらを切る外国メディアの姿 写真4枚
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