ザルミーナを競技場まで連行した刑務官シェヒルバヌ。「あの時代、誰が政府のすることに異を唱えたりすることができたでしょうか。ましてや私たちは女性なのです」。競技場を再び訪れ、処刑時のようすを話した。(2002年撮影)

「刑務所にタリバン兵がやってきて、ムチ打ちのあとに釈放する」とザルミーナに告げた。
彼女がパニックにならないよう、タリバン兵がそういう言い方をしたと思う」

「釈放」という言葉をきいて、ザルミーナの顔はほころんだという。
そしてムチ打ち刑の痛みが少しでもやわらぐようにとブルカの下にセーターを3枚着込んだ。

ザルミーナの母は、前日のラジオ放送で娘の死刑執行があるときき、執行当日の朝、刑務所に最後の面会に訪れている。
たが、これから死刑となることはザルミーナには伏せていた。

午後2時前、シェヒルバヌともうひとりの刑務官もブルカをかぶり、ザルミーナを連れ、赤いピックアップトラックの荷台に一緒に乗った。
3人を乗せたトラックはガジ競技場へと向かった。

刑務所から競技場までは20分ほどの距離。
ムチ打ちさえ終われば刑務所に戻らなくてすむ、と考えていた彼女は、最後の辛抱だと、との思いだったことだろう。
競技場は観衆で埋め尽くされていた。
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