他の通行人たちも、この少年からよく買っているようだった。立ち止まって、買いながら少年と何か話をしたり、少年にお菓子や果物をそっと手渡す人もいる。雪の日、手が凍えて泣いている少年の手に大額の紙幣を掴ませ、「もう泣くなよ!」と励ましている男性もいた。腰を落として、いつまでも少年と話し続けるOLさんもいた。

そんな光景を見ていると、イラン人の心の垣根の低さは、単に人と人との間だけでなく、大人と子供、または異なる社会階層の間にも言えることなのだと実感する。このままこの少年が、社会から疎外感を感じることなく成長してくれればと願わずにはいられない。

イランでモノ売りの子供を見ると、いたたまれなくなると話してくれた日本人女性がいた。確かに、雨の日も、雪の日も、朝から晩まで、学校にも行かずにティッシュを売るのは、本来子供のやることではない。

この国では、路上でモノを売り歩く子供たちの姿は珍しいものではない。かれらは、巨大な組織の最底辺で働く孤児であることがほとんどで、本当の家族のもとでその商いの手伝いをしていることは稀だとも言われる。こうした子供たちは将来、高い確率で麻薬の売買に関わることになったり、当人が麻薬中毒者になったりもするだろう。本当にイランが進んだ国ならば、この少年は保護されて然るべきなのだろうが、かれらに差し伸べられるのは、行政の支援ではなく、一般市民の善意に留まっているのが現状だ。

ある日、少年が言った。
「来週からいなくなるんだ」
「どこかへ行くの?」
「アフガニスタン……」
「お前、アフガン人だったのか」
「うん。だから買ってよ」

翌週も少年はいた。
「買ってよ」
「この前買ったばかりだよ」
「もう当分買わなくていいから今買ってよ」
「前にもそんなこと言ったよね。アフガニスタン行きはどうなったの?」
「来週だよ」

その翌週も彼はいた。
その週から私は10日間ほど所用でテヘランを離れた。そして戻ってきたとき、歩道橋に少年の姿はなかった。その翌週も、翌々週も。どうやら本当にアフガニスタンに帰ってしまったようだ。
最後にたくさん買ってあげればよかった。そう後悔しているのは、きっと私だけではないのだろうと思いながら、私は歩道橋を行き交う人たちを見やった。

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