ほぼ2年間潜伏していた延吉を離れるためにバスに乗る姜英子さん。2000年10月支援者撮影。

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2000年10月モスクワ
「待ち合わせは10月×日、モスクワの国際列車到着駅のホームに迎えにきてください。私たちは今から家を出ます。無事にロシアで会えるよう、幸運を祈ってくださいね――」

陸路ロシアに脱出する覚悟を決めた李昌成さんが、中国から日本にかけてきた最後の電話だった。中国発のシベリア国際鉄道の終着地・モスクワで落ち合う段取りが、これで最終的に決まった。

無事にロシアに出られるのか100パーセントの保証があるわけでもないのに、昌成さんの声は少し弾んで聞こえた。密出国に消極的だった昌成さんも、びくびくし通しだった2年間の隠遁生活とも、これでおさらばだと、延吉出発に気持ちを新たにしたのだろうか?

ところが、残念なことに潜伏生活に終止符を打つ段になって家族は3人になってしまっていた。ちょうど金大中(キムデジュン)―金正日会談が電撃的に開催された六月中旬、長女のスギョンが外出中に中国公安に逮捕され、北朝鮮に送還されてしまったのだ。

昌成さんも英子さんも嘆き動揺したが、どうすることもできなかった。スギョンが北朝鮮でどのような処罰を受けるのか、生きてまた中国に戻って来られるのか、誰にもわからない。このまま当てもなく待つわけにもいかず、3人家族となってしまった昌成さん一家は、2000年10月、目指す日本・韓国とは逆方向のロシアの首都・モスクワに向かって旅立って行った。

この元在日朝鮮人帰国者難民一家の流浪の顚末を、最後まで見届けるべく、私もモスクワに飛んだ。

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