荷物をまとめてロシア出国のため空港に向かう李さん一家。2000年10月撮影石丸次郎

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起死回生の一手があった
決断のときが迫っていた。韓国大使館に籠城するか、3ヵ月かそれ以上の期間、モスクワの教会に身を隠しながら、難民認定をもらって出国するか…。

中国からシベリア鉄道で同行した支援者のKさんにも妙案はなかった。このままでは、何のために中国から8000キロも離れたモスクワまでやってきたのかわからない。ホテルの部屋に戻ってロシアパンとミネラルウォーターだけの昼食を黙って取りながら、私たち5人は途方に暮れてしまった。

黒パンをかじりながら、大使館でもらったモスクワ在住韓国人向け情報誌をめくっていると、ソウル行きの航空チケットを扱う旅行社の広告が目に飛び込んできた。

「これだ!」

私はすぐ旅行社に片っ端から電話をした。ソウル経由で中国に行くチケットの値段を訊くためだった。「I会」が逃避行のために提供した金の残額はおよそ2000米ドル。私の手持ちのあり金を足せば、K氏も含めた4人が何とか中国に戻れる金額になる。

李昌成さんたちは中国のパスポートを持っているのだから、当然中国に戻るのにビザは要らない。もちろん、昌成さん一家3人は中国には戻る必要はない。ソウルでトランジットのときに、北京行きの飛行機に乗らずに当局に出頭すればよい。自力で韓国入りした北朝鮮難民が追い返されることはあり得ないからだ。

残る問題は空港でのチェックインと出国審査であるが、理屈の上では問題ないはずである。100パーセント安全だとは確信が持てなかったので、モスクワ隠遁残留に次ぐ新たな選択肢として3人に決断してもらうことにした。3人は即座に「行く」と答えた。翌日、私は韓国人が経営する小さな旅行社を訪ね、X航空のソウル経由北京行きのチケットを4人分買った。

決行の日
決行の日は風の強い日だった。ホテルから地下鉄で郊外に出てバスに乗り換え、シェレメチェボ空港に向かった。

空港ロビーに入ると、黒スーツを着た東洋人の一群が目に入った。なんと韓国大使館員たちではないか。あのぞんざいで偉そうな領事もいる。韓国に帰国する李漢東総理大臣を見送りに来ているに違いない。

「まずいことになったな」と私は思った。難民一家をソウルに送りつけることが発覚すれば、妨害されるかもしれないと危惧したのだ。私たち5人は、韓国大使館員の目を避けるようにこそこそと物陰に隠れて最後の打ち合わせをしなければならなかった。

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