娘のキルファを抱くキョンミさん。結局、脱北難民だったこの母は娘と一緒に暮らすことは叶わなかった。1999年夏に撮影石丸次郎

 

キョンミさんの中国脱出を、どうもこの父娘はヨンギさんに秘密で話し合ってきたらしかった。日本か韓国に連れて行くことに私が係わるのは到底できないことだが、北朝鮮難民を密かに第三国に逃がす活動をしているNGOグループを紹介することはできる。

しかし、キョンミさんを中国から脱出させるということは、新たな離散家族を作ることを意味していた。3歳にもならないキルファには母親が必要だ。また、妻の逃亡を認める夫がどこにいるだろう。逃亡に手を貸したとなると、ヨンギさんに恨まれるのは間違いない。

三日間の滞在の後、私は村を離れ取材拠点にしている延吉市に帰ることにした。日本あるいは韓国行きについては、私はあえて何の言及もしなかった。できないし、するべきではない、そう思ったからだ。

公安の難民取り締まりに怯える日々を送るこの父娘に、私は何も手を差し伸べられなかった。インタビューに応じてたくさんのことを二人は喋ってくれたが、苦しい境遇の二人にとって私と出会ったことが何の利益にもなっていない。このまますごすご引き揚げていいのだろうか?心苦しさのせいで言葉が見つからず、私はほとんど無言で鉄道駅に向かった。

鉄道駅まで見送りにきてくれたキョンミさんは、別れ際、また私の手を固く握り、大粒の涙をひと筋こぼした。

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