木材運搬列車に乗って移動する北朝鮮の人々。芦果村から豆満江を挟んで撮影した。1998年秋撮影石丸次郎

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◆飢餓と平常を隔つ残酷な国境線

不思議な光景だった。

金さんが営むタバコ畑は、北朝鮮との国境の川に沿って耕されている。崖のすぐ下を流れる豆満江が国境線だ。幅40メートルほどの川の向こう側の北朝鮮では、一様にくすんだ灰色か茶褐色の服装の人たちが、重そうな背嚢を背負い、姿勢をやや前傾させてせわしなく行き交っている。あちこちに哨戒に立つ国境警備兵の姿が見える。

川のこちら側―つまり中国側の、私の目の前で金さんの畑を鋤き起こしているのは、つい1週間前まで、川の向こう側にいた「朝鮮のお客さん」たちだ。私がビデオカメラを持って立つ位置から見ると、「朝鮮のお客さん」の彼/彼女らは、北朝鮮の山並みをバックにして鍬を振るっている。

「向こう側」で飢え、怯え、そして彷徨っていた彼・彼女らは、こちら側に越境して来た今、つかの間ではあるが安寧な時間を送っている。畑仕事はなかなかの重労働だが、時折笑みがこぼれ、働くことの喜びを噛みしめながら鍬を振るっているように見える。北朝鮮側からこちら側を眺めても、私も「朝鮮のお客さん」たちも、中国人にしか見えないだろう。

これほど残酷に、飢える地とそうでない地を分け隔てる国境線が、他に存在するだろうか?北朝鮮を背景にして畑仕事に精を出す「朝鮮のお客さん」たちの姿を見ながら、たかが数十メートルの浅い川一本によって隔てられている天と地の差、その現実の不条理さを生み出したものについて、考えを巡らせずにはいられなかった。

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