韓国政府は昨年8月9日、不法に人工妊娠中絶を実施する病院を告発する専用コールセンターを開設した。市民からの告発を受け、不法行為に走る病院を取り締まるのが目的だ。

その背景には、堕胎率が異常に高いことがある。保健福祉家族部の統計によると、2005年度の韓国の堕胎手術数は34万2000件に及ぶ。日本でも年間24万件(08年、厚生労働省発表)の堕胎手術が実施されているというが、人口比からすると、韓国の方が約4倍も多い。ではなぜ、韓国で堕胎手術が多いのだろうか。

まず、血統中心社会の「男尊女卑」の考え方から、「男なら産むが、女ならいらない」という意識がいまだに社会に残っていることがある。少子化社会になった今でも、性による選別を防ぐため、出産までは「男か女か」を妊婦側へ伝えてはらないという法の規定があるほどだ。
現実には、産婦人科で「赤ちゃんにはピンク色の服が似合うかもしれませんね」とあいまいな言葉で胎児の性別を伝えるのが一般的である。
二つ目には、韓国政府が60年代から90年代の中ごろで、国家戦略として「産児制限政策」をとっていたことが挙げられる。私が中学生になった80年代には、「性別にかかわらず、子供は一人だけ育てよう」いうようなスローガンがあちこちに張られていた。国も暗然のうちに中絶を認め、国民に「堕胎OK」という意識が広がっていった。

三つ目には、性教育の不十分さが挙げられる。不用意な妊娠から中絶に至るケースが多く、大韓産婦人科学会によると、性関係を始める年齢は平均14.2歳であるというが、学校でコンドームの使い方などを教えることはない。
15年ほど前、未婚である私の親友が妊娠した。当時、20歳を過ぎたばかりで、親に知られたらどうしようと、彼女は泣きながら私のところへ来た。結局、堕胎することを決めた彼女は、犯罪者のようにこそこそと路地裏の産婦人科病院に入った。

堕胎手術の費用は当時、日本円で2万円ほどだった。幸い、彼女は今、当時の彼氏と結婚して二人の娘と幸せに暮らしているが、もしあの時、独身カップルの妊娠に対して寛容な社会の雰囲気があれば、あの命は失われずに済んでいたかもしれない。
最近、堕胎の理由が大きく変化してきた。子育てにカネがかかりすぎるからという「経済的な理由」で中絶手術を受けるケースが多くなり、堕胎手術を受ける女性のうち、6割は既婚者なのである。

しかし、日本では認められている「経済的な理由」による中絶が、韓国では法的に認められていないため、保健福祉家族部によると、中絶手術の95%は不法だという。この異様な実態を是正するため、冒頭に述べたように、政府による不法中絶手術の取り締まりが始まろうとしているわけだ。
法的な取り締まりを強化するだけでは、堕胎を選択せざるを得ない女性たちをさらに日陰に隠れさせ、もっと危険な環境で堕胎手術を受けざるを得なくさせてしまうことになるだろう。

韓国社会で長く続いてきた「男優先」と「性=恥』という認識を変え、青少年に対する性教育の強化、シングルマザーへの支援、そして何より、安心して子育てができるよう政府が社会の仕組みを変えていかなければ、毎年34万人もの命が失われていく悲しい現実はこれからも続くだろう。

(サンデー毎日「朝鮮半島を読む」掲載記事を加筆・修正)