「私の周囲の人たちの間では、金父子に対する感情はいいものではない。『庶民をまともに食べることもできないようにしておいて、そんな政治を息子に続けさせようとしている』という人もいる。ソ連で学んだ知り合いの老人は『われわれはまだ封建時代に生きているのか。親父が領主なら子どもも領主だということだろ。改革開放に踏み切るか、あるいは〈大統領〉(注1)が辞めて、民衆を食わせられる人が(政治を)やるしかない』と言っていた」。

世襲後継に向かうことを決めた金正日への激しい批判の言葉である。実際のところ、金正恩が指導した政策などまだ何もないのだが、「生活の悪化に対する不満の矛先が、姿を現した金正恩に向き始めている」と、キン・ドンチョル記者は言う。(一〇年一一月)

女性からも激しい言葉が数多く聞かれた。以下は、一〇年一二月に一時的に羅先(ラソン)特別市から中国に越境してきた四〇代女性の証言だ。職業はサービス業。
「本音を言うと、あの家系から後継者が出るという話を聞くと、ものすごく反発を覚える。信頼できる人同士ではそんな話もします。

現地指導一つ取っても、将軍様は行くぞと数日前に通告しておいて、あちこちからかき集めた物資でさんざん飾り立てさせて、それをテレビで流していかにもいい暮らしをしているかのように見せかけている、そんなパターンを年中やっている。軍が飢えて栄養失調で戦闘力なんか無いのは誰もが知っているけれど、それがテレビに流れますか? 本当に庶民の暮らしを知りたければ、通りかかった家のどこにでも入ってみればいいんですよ。何不自由なく育った腹の出た二〇代に、庶民の何が分かるのでしょう。期待なんてこれっぽっちもありません。

「幼い娘が言っていたんですが、知り合いの子どもがテレビに金正恩が出てくるたびに指差して、「セッキ」(小僧、ガキの意)と言っていたというのです(笑)。きっとその子の親が、テレビを見るたびに「セッキ」と罵っているんでしょうね。

もちろん娘には慌てて口止めしましたけど。党代表者会のすぐ後の一〇月初め、金正恩が将軍様と一緒に現地指導し、芸術家と俳優のために建てた高層マンションを訪問するという報道番組をテレビで見ました。まず将軍様が、その後に息子が俳優たちに酒をふるまう場面があったんですが、それを見て、ああ、この国の後継者になろうかという人物がまず初めにする仕事が、自分たちにおべっかを使い称えてくれるお抱えの俳優を訪ねて酒を注ぐことなのかと幻滅しました。

労働者の家々を回って、ご苦労様とねぎらって酒を注いだら、庶民はどれだけ喜んだでしょうか。正直、あの番組を見て、とても嫌悪感を覚えました」。
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