◆動かない清水化学工場と、禿山の麓の住民の暮らし

取材班は、新義州(シニジュ)市から上流に約70キロ離れた平安北道朔州(サクチュ)郡をカメラに収めるため、朔州郡と鴨緑江を挟んで向かい合う、「太平 湾」を訪れた。ここは鴨緑江にいくつかある水力発電所のために作られたダム湖のうち一つで、中国側の観光地となっている。

「青水化学工場」のカーバイド(石灰窒素の原料)工場。稼動していない様子が明らかだ。日本の植民地時代に建設され、この工場で培われた技術により、咸鏡南道咸興(ハムン)市の「2.8ビナロン工場」が建設された。2012年 3月 南正学(ナム・ジョンハク)記者撮影 ※以下の写真も全て南正学撮影

「青水化学工場」のカーバイド(石灰窒素の原料)工場。稼動していない様子が明らかだ。日本の植民地時代に建設され、この工場で培われた技術により、咸鏡南道咸興(ハムン)市の「2.8ビナロン工場」が建設された。2012年 3月 南正学(ナム・ジョンハク)記者撮影 ※以下の写真も全て南正学撮影

静かなたたずまいの「青水化学工場」。「一心団結」と書かれた大型の看板が目に付く。

静かなたたずまいの「青水化学工場」。「一心団結」と書かれた大型の看板が目に付く。

工場の煙突。煙は見えなかった。

工場の煙突。煙は見えなかった。

 

北朝鮮側を眺めると巨大な「青水化学工場」と数件の小さな家が目に入った。もっと寄ってみようと、遊覧船を一台借りて鴨緑江に乗り出した。近くで見る工場 はまるで廃墟のようだった。かろうじて残っているのは外形だけで、建物の内部はがらんどうだった。煙突からも煙が出ている気配がなかった。もはや建物と呼 べないくらいに朽ちて、骨組みだけになっている「残骸」もいくつかあった。工場が稼動しているような音も聞こえてこなかった。

木に覆われた中国側の山とは異なり、北朝鮮の山は禿山だった。雪が解けずに残っていたためか、寒々とした印象だった。急斜面をなんとか開墾し、体裁だけは畑のように見えたものの、農閑期だったためか作物の姿が見えず、荒廃ぶりが余計に目立った。
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