◆手渡しの情報紙
昨年4月に福島県富岡町から両親と避難してきた修田翔(しゅうでん・つばさ)さん(25)は、大阪市ボランティア情報センターの嘱託スタッフとして東北と大阪をつなぐ情報紙の編集に携わっている。
タイトルの「IMONIKAI(いもにかい)」は、東北地方の名物行事「芋煮会」のこと。創刊は昨年6月。修田さんは「創刊にあたって」と題した一文を寄せている。

<さまざまな地域からいらっしゃった人々が鍋を囲み、あったか~い会ができるよう、その架け橋になれるような情報紙を目指して発行していきたいと思っています>
昨年3月11日、修田さんは東京にいた。勤めていた会社が倒産したため、就職活動中だった。富岡町の実家には両親と祖母が暮らしていた。家は高台にあったので津波被害こそ免れたが、原発事故で町が警戒区域に指定され、避難を余儀なくされた。

富岡町には福島第二原発がある。ここで生まれ育った修田さんにとって原発は「あって当たり前の身近な存在」だったが、その原発によって家を追われ、故郷まで失った。父親の仕事の都合で両親とともに大阪へ避難してきた修田さんは、ボランティア情報センターなどが初めて開いた「がんばろう東北 住民のつどい」に参加したのがきっかけで、避難者向けの情報紙作りを依頼された。

東北と大阪をつなぐ情報紙の編集に携わっている修田さん

 

取材や編集などの経験はない。「大阪にある福島や宮城、岩手の県事務所に取材へ行き、何を聞いていいかもわからず、緊張の連続でした」と振り返る。それでも、周りのスタッフに助けられ、創刊号から毎月1回、休むこともなく号を重ねてきた。
A4判で4㌻。大阪への避難者の中で元気に頑張っている人を紹介するコーナーや、大阪弁護士会による法律相談、就労や催しなどの掲示板など、生活に役立つ情報を発信している。

大阪市内には現在、約230世帯500人の避難者が公営住宅などで生活している。うち7割が福島県からの原発避難者で、2割弱は母子避難だという。
「放射能を恐れ、子どものためにと避難してきたのに、夫を被災地に残しての二重生活。住まいや生活費、将来への不安によるストレスから子どもに手を上げてしまったという母親もいます。原発事故の関連で避難してきた人は先が見えにくいですね」

抱える悩みや不安はそれぞれ違う。だからこそ、「どういう記事を求めているのか。避難している人の気持ちを把握するよう努めています」。
「IMONIKAI」は戸別訪問による手渡しが基本。社会福祉協議会の職員と避難者とをつなぐ架け橋でもある。「支えになっています」という避難者からの一言が忘れられない。
「避難生活から定住を考えている人も増えています。避難者から地域の一員へ。情報紙を通じて日常の生活支援ができたら、と」。
(矢野宏、栗原佳子/新聞うずみ火)