住民を巻き込んだ地上戦が展開された沖縄で、この春、県が那覇市の首里城公園内に沖縄守備軍=第32軍の司令部壕説明板を新設した。しかし外部の検討委員会が作った文案から「慰安婦」「住民虐殺」の文言を一方的に削除。県当局が沖縄戦の史実を歪めるという異例の事態に波紋が広がっている。(栗原佳子/新聞うずみ火)

那覇市郊外の高台にある首里城公園。琉球王国時代の王宮、首里城が絢爛な姿で復元され、沖縄の歴史・文化を象徴する一大名所だ。
一方、その地中には、網の目のようにいまも壕が張り巡らされている。太平洋戦争末期に構築された沖縄守備軍=第32軍の司令部壕だ。南北400㍍、総延長1㌔超。米軍上陸後、首里城は2カ月に及ぶ日米の攻防戦の焦点となり、結果、米軍の攻撃で灰燼に帰した。

◆負の遺産ひっそりと
守礼門から正殿へと向かう観光のメインルートを外れ、龍譚池へと向かう石段を降りる。この辺りは司令部壕の坑口6カ所のうち第1坑口があった場所。トーチカの跡などが当時を伝える。しかし、樹木や雑草が生い茂って〝負の遺産〟を覆い隠しており、案内板などがなければそのまま通り過ぎても不思議はない。

設置された司令部壕の説明版。奥には当時の構築物が残る=首里城公園

 

今年3月23日、沖縄県はこの場所に司令部壕の説明板を設置した。第32軍の創設から司令部壕の構築、南部撤退への経過、内部の様子などが日本語、英語、中国語、韓国語で表記されている。問題となったのは以下の「壕内のようす」の記述だ。
《司令部壕内には、牛島満軍司令官、長勇参謀長をはじめ総勢1000人余の将兵や県出身の軍属・学徒、女性軍属などが雑居していました。戦闘指揮に必要な施設・設備が完備され、通路の両側には兵隊の2、3段ベッドが並べられました。壕生活は立ち込める熱気と、湿気や異様な臭いとの闘いでもありました》
原文には「軍属・学徒、女性軍属」に続き「慰安婦」と書かれていた。そして末尾はこの一文で締め括られていた。「司令部壕周辺では、日本軍に『スパイ視』された沖縄住民の虐殺などもおこりました」

◆"外圧"で削除
原文を作成したのは県が設置した検討委員会(委員長=池田榮史・琉球大教授)の4人。検討委員の一人、沖縄平和ネットワーク代表世話人の村上有慶さんは怒りをこめる。

「県からは説明板を設置する目的を『沖縄戦の実相を伝えるため』と聞いた。なのに、その根幹になる『慰安婦』や『住民虐殺』を削除し、翻訳文からは『捨て石』や『南部撤退が住民の戦没者を増加させた』ことまで消し去った。住民の証言や沖縄戦研究の成果を県が踏みにじるのか」
検討委が設置されたのは昨年10月。表記できる文字数は600字。腐心して文面を作成した。ところが今年2月、県側から記述削除の一方的な通告。委員が抗議し、担当部局部長と面談する約束の日の前日、突然、説明板は設置されてしまったという。

削除の背景には一部の勢力からの抗議があるとされる。検討委設置が報じられた昨年秋以降、県にはファクスやメール、電話が相次いだという。きっかけの一つは保守系のネットTV「チャンネル桜」の番組。さらに相前後して自衛隊OBが県に意見書を提出。「設置した場合は器物損壊する」とまで伝えていたという。
この自衛隊OBは4月、那覇市で開かれた司令部壕問題を考えるシンポで会場から発言し、「慰安婦や住民虐殺の記述は日本軍を貶める」などと持論を展開している。
(続く)