平壌市郊外のある公設市場入り口に大きく掲げられた黒板には「援軍美風の先駆者たち」と大書きされ、商人の名前と扱う品目、そして「献納」した軍糧米の量が記されている。「雑貨2組 リュ・ヨンシル 50キロ」「工業 リム・ギョンヒ 40キロ」など8名の名前が見える。(2011年2月 キム・ドンチョル撮影)

 

3 解説 人民軍兵士はなぜ飢えるのか 下
石丸次郎

兵員の過剰

現在の朝鮮人民軍の兵力は、「韓国国防白書」によると一一九万人(七〇万人程度という説もある)。北朝鮮の人口は正確には不明だが、筆者は二〇〇〇 万人程度であると推定している。すると兵力は人口の五%超だ。人口比五%は日本で言えば六四〇万人に相当する。韓国は兵力約六五万人で人口の一・五%だ。 何よりもまず、保有する軍隊の図体が大きすぎるという根本的な問題がある。経済が破綻している北朝鮮には、この非生産大集団を養う財力が、当然ない。

七〇年代以来の経済衰退と、社会主義圏の崩壊による軍事面での支援の喪失などで、九〇年代に入ると韓米軍に対する軍備の質的劣勢は決定的になった。 それを補うために、核や化学兵器など大量殺傷兵器に集中投資してきたわけだが、その一方で航空機や船舶、車両、火器などの通常兵力の装備の多くは、いまだ に六〜八〇年代製が現役で、更新がままならず老朽化、陳腐化している。通常兵力の著しい劣化を穴埋めする方策の一つが、「大兵力の維持で対峙する」という 方針だったわけだ。「分不相応」な大軍隊の維持は、張子であっても虎をたくさん並べて置いて、「攻めてくるなら飛び掛るぞ」と虚勢を張り続けるしかないと いう、北朝鮮の窮余の策だと言えるだろう。

軍隊を縮小しないもう一つの理由は、兵士を安上がりの労働力として使い続けたいということだと思われる。軍隊を国防だけでなく、橋、ダム、発電所、 住宅などの土木建設工事現場に投入していることは、本誌でこれまで何度も述べてきたが、号令一下に動く労働力は、権力者にとってはまことに都合がいい存在 だ。

北朝鮮には、契約に基づく雇用労働ではなく、義務的、半強制的に住民を労働力として動員する大きな仕組み=「動員経済」がある。例えば、「突撃隊」 (リンク先の記事参照)。各地を転々として主に土木建築工事に三年間ほど従事する。見返りはごくわずかの金銭報酬と、労働党入党のチャンスだ。学校では、 ドングリ集め(酒造りの材料にする)やウサギの飼育(毛皮を軍に献納したり輸出用にしたりする)などの動員作業が生徒に課される。人民班でも近隣の工事や 清掃などに動員される。これらは全くの無償奉仕だ。

このように「動員経済」とは、国民を広くを労働に動員することで財政難を補おうという、国家による搾取制度に他ならない(「国家総動員法」下の日本 の戦時動員と似ている)。ただ、動員される労働力は寄せ集めであるから熟練度が低く、工事現場での単純作業に回されるケースが多い。この「動員経済」にお ける最大の実働部隊が軍隊なのである。権力としては、若い労働力を一〇年間にわたって極めて安くこき使えるため、軍の兵力を簡単には手放せなくなっている のだ。
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