東京電力福島第一原発事故で、放射線量が局地的に高い地点を世帯ごとに指定した「特定避難勧奨地点」をめぐり、地域社会が切り裂かれている。隣同士で指定の有無が分かれたばかりか、賠償金が絡んだことで事態が複雑になった。きれいな空気も土も水も、そして人々の固い結束まで奪ったものは何なのか。東日本大震災・原発事故からまもなく22年。伊達市霊山町小国(りょうぜんまちおぐに)地区に入った。
(新聞うずみ火 矢野 宏、栗原佳子)

汚染土の仮置き場。行き先は決まっていない

汚染土の仮置き場。行き先は決まっていない

 

JR福島駅から車で約30分、緩やかな山道に入り、福島市と伊達市との境界線を超えるとともに、ブルーシートの塊がいくつも目に飛び込んできた。2月半ば、霊山町小国地区。除染したあとの汚染土を詰めた袋が住宅の駐車場や庭先に積まれている。ピッピッピッ。毎時0.30マイクロシーベルト以上にアラームを設定したガイガーカウンターが規則的な音を立てている。窓を閉め切った車内だというのに。

伊達市は福島県の北部、宮城県と県境を接している。7年前、霊山町など5つの町が合併して誕生した。このうち小国地区は420世帯、1300人あまりの山あいの集落で、上小国、下小国に分かれている。近年は兼業が増えたが、古くからの農村地帯。農業協同組合の発祥の地ともいわれている。
福島第一原発からは直線距離で約50キロ西隣には福島市内でも放射線量が高い大波(おおなみ)地区、渡利(わたり)地区があり、全村避難した飯舘村は山一つ隔てた南東側に位置している。

◆測定も指定もずさん
「SPEEDIで測定した放射能は北西に流れていました。その先端に位置するのがここでした。3月15日、ここもみぞれ雪が降ったんです。震災直後は何も知らされていなかったから、子どもたちも外で遊んでいたんですよ」
「小国地区復興委員会」委員長の大波栄之助さん(78)=上小国=はそう振り返る。
政府が伊達市内に「特定避難勧奨地点」を指定したのは震災3カ月後の2011年6月末だった。年間の積算放射線量が20ミリシーベルトを超えると推定される場所を対象に、国が市町村と協議して世帯単位で指定する。避難は強制ではなく住民の判断にゆだねられるというもので、市内128世帯が指定され、その7割の90世帯が小国地区に集中していた。小国地区の約3割にあたる。

線量の計測は1回限りだった。それも玄関と庭先の2カ所を測っただけ。雨樋や軒下などの線量の高い箇所は外され、しかも、担当したのは加害企業である東電をはじめ全国10の電力会社が構成する「電気事業連合会」の職員だった。隣接する世帯で指定の有無が分かれるケースが続出。大波さんの自宅も指定を外れ、向かいの家が指定された。
「米の作付けの場合は地区全体という『面』で禁止され、特定避難勧奨地点は『点』で捉えている。住民が同じ空の下で、地域全体を生活圏としている実態を考えれば、この指定の仕方は無理があります」。大波さんはそう指摘する。
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