新宿ニコンサロンの写真展は裁判所の仮処分決定を経て何とか開催されたが、大阪では中止になった。右翼団体の激しい攻撃を受け続ける写真家の安世鴻(アン・セホン)さんが手記を寄せた。

◆ニコンサロンから突如、中止の連絡
1971年に韓国で生まれた私が、日本軍「慰安婦」ハルモニたちに出会ってから、すでに17年が経過した。これまで知られてきた朝鮮半島在住の被害者だけでなく、戦争が終わってからも故郷に帰れずにいる女性たちが中国各地に残されていることを知った私は、彼女たちを探すために2001年から中国各地を訪ね歩いた。彼女たちの胸の奥深いところにある苦痛を目の当たりにして、私は夢中で写真を撮り続けた。

昨年2011年に入って、私はこれらの写真を展示できる会場を日本で探し始める。ニコンが運営するニコンサロンについては、「テーマに関係なく写真作品の質を審査して、写真展を開催する」という話を、ある写真家の友人から聞いていた。ニコンサロンでは公募展が定期的に開かれているという。
しかし、日本軍「慰安婦」の写真作品を、ニコンサロンが「テーマに関係なく」選考するかどうかについて、私は懐疑的だった。当時、「慰安婦」の写真と、同じく長年撮影を続けたシャーマニズムをテーマにした写真の二種類を並べて、どちらを応募するか悩んでいた。

結局、「駄目でもともと、挑戦してみなくては」という思いで「慰安婦」の写真40点を準備し、『重重‐中国に残された朝鮮人日本軍「慰安婦」女性たち』というタイトルで応募書類に記述した。
記述した内容が審査段階で問題になるかもしれないという心配はあったのだが、あえて写真の内容を綴ったパンフレットも合わせて応募したのが昨年12月だった。

それから一ヶ月後の12年1月24日、5人の審査員たちの満場一致で審査を通過し、新宿ニコンサロンでの写真展開催の承諾通知を受け取った。
その報せを聞いたとき、私はそもそも大きな期待はしていなかったこともあって、本当にうれしかった。
「世界的カメラ製造会社として、ニコンサロンはテーマよりも写真の質で評価してくれる」「ニコンという会社の運営ではあるが、フォトギャラリーとして独立的な運営が成り立っているがゆえに、たとえ慰安婦の写真展示でも可能なのだ」と当時の時点では、いわば尊敬の念をもって思い込んでいたのだが......。

その通知決定を受け取ってから12年5月までは、ニコンサロンの担当者と新宿ニコンサロンでの展示の準備を、順調に進めてきた。その間に私とニコンとの間には何の問題も起こっていなかったことを強調しておく。

ところが、すでに告知・案内のハガキも刷り上がって配布していたころの5月22日、ニコンサロンの担当者から突然電話で「中止させてほしい」という通告を受けた。理由を聞いても、「諸般の事情」という言葉を繰り返すばかりだった。すぐに質問状もニコンに送付したが、同じ回答だけで理由がさっぱりわからない。

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