◆在日ミャンマー人1800人との対話集会
ミャンマーの最大野党・国民民主連盟(NLD)党首のアウンサンスーチー氏(67)が13日、東京・渋谷で在日ミャンマー人の集会に参加し、つめかけた1800人の聴衆を前に演説を行った。スーチー氏の演説、および質疑応答の模様を再現、全文を掲載する。(取材・訳 赤津陽治)

アウンサンスーチーさんとの集会に臨んだ在日ミャンマー人たち(4月13日 ベルサール渋谷ガーデン、ニュンシュエ撮影)

 

<スーチー氏登場>
(大拍手)
聴衆:スーチーさんが健やかでありますように。
アウンサンスーチー(以下ASSK):ありがとうございます。
聴衆:スーチーさんが健やかでありますように。
ASSK:ありがとうございます。
聴衆:スーチーさんが健やかでありますように。
ASSK:ご着席ください。
<スピーチ開始>
最初に、今朝ホテルまで迎えに来てくれていた皆様、ありがとうございました。外に出てきて挨拶もできずに申し訳ありませんでした。予定がすでに決まっていましたので、直接部屋に向かいました。迎えに来てくれていた人たちに、私は気づいていました。ありがとうございました。
今回このように集うことができ、大変うれしく思っております。実現するようにご協力くださった日本人の皆様、私たちの国ミャンマーからの皆様、ありがとうございます。
これは、私が来日して初めての集会です。どの国を訪れても、できる限り私たちの国の人たちと会うことは、非常に大事なことだと思っています。それには理由があります。ひとつは、同じ国の者同士つながりが途絶えないようにするためです。
私たちは、同じ国の出身者であるということを決して忘れるべきではありません。どこの国の国籍を取得していようが、私たちは同じ土地から生まれた者同士なのです。私たちは、連邦国家であり、同じ土地から生まれた者には、さまざまな民族がいます。これは皆が誇りにすべきことであると私はよく話します。
私たちの国において、さまざまな民族が共に暮らすことができるということは非常に大切なことです。好運にも、私たちの国にはさまざまな民族がいるのです。そのように捉えていただきたい。このように多種多様な文化があり、多種多様な民族がいるからこそ、私たちの国はより豊かであり、より十全なものになっているのだと、このように捉えていただきたい。
ですから、私はどこに行こうが、国外に出たミャンマーの人たちと会う際に、どこの国籍を取得していようが、分け隔てることはありません。私たちの国から生まれた人間はみな同じだと思っています。
あるアジアの国にこんな言葉があります。「木の葉は、最後には根の上に落ちる」と。枯れたら根の上に落ちるということです。私たちの心は、最後には自分の根っこである自分の国に戻るはずです。
実際に自ら赴くことができないとしても、思いを寄せることだけで十分だと私は思います。こちらにいる間、私たちの国の国民にはその責任があるということを忘れるべきではありません。もうミャンマー国籍でなくなっていたとしても、責任は常にあります。
なぜならば、私たちは、たとえば親の恩をわきまえる息子や娘がいる一方、親の恩をわきまえない息子や娘もいます。しかし、どうであろうが、恩をわきまえようが恩をわきまえなかろうが、自分の親は自分の親です。それはどうしても否定できないことです。つまり、私たちは好むと好まざるにかかわらず、恩義をわきまえようが、わきまえなかろうが、ミャンマーで生まれた人間だということです。しかし、恩義をわきまえないよりも、わきまえる方がずっと貴いことであると、私は強調したいと思います。
私たちは幼いときに学んでいます。「恩は探してでも感謝しなければならない」と。なぜならば、恩の借りがあってはならないからです。自分が恩義を持つべき人に恩義を持たないという借りは、今生のみならず、輪廻として来世に続くと信じています。これは仏教の輪廻という観点からです。輪廻を認めようが認めまいが、恩義をわきまえないというのは非常に良くないことです。
なぜならば、少し乱暴な言い方をすれば、動物でさえ恩義をわきまえるからです。ですから私たち人間は、なおさら持つべきです。こうした恩義から、私たちの国に対して愛情は持ち続けていただきたい。ミャンマーに帰ろうが帰るまいが。帰るつもりがあろうがなかろうが。

27年ぶりに来日した国民民主連盟(NLD)党首のアウンサンスーチー氏(67)

 

また、恩義という点では、この国とこの国の国民に対しても持たなければなりません。何はともあれ、自分たちが日本に来て、滞在を認めてくれていること、働くことを認めてくれること、教育を受ける機会を与えてくれていること、自分の子供を育てる機会を与えてくれているなど、その恩を決して忘れるべきではありません。
「恩は探してでも感謝しなければならない」と言いましたが、日本にいる私たちの国の人は、日本への恩を探し出すまでもありません。はっきりとそこにあるからです。
このように恩義を持つということは、私たちの国の品格を保つことにもなります。ミャンマー国民とミャンマーで生まれた者たちは、恩義に厚い人間として、品格を保たなければなりません。そして、こちらにいる間に努力しなければなりません。注力しなければなりません。
自分の祖国の品格を保つように、高いレベルで生きなければなりません。高いレベルというのは、物理的な意味で言っているのではありません。精神的な意味です。精神的なレベルの高さが必要だと言っているのです。こちらで、できる限り学んでください。
(続く)