ぷらっとホームで。川田さん(右から二人目)と鹿山さん(左)

ぷらっとホームで。川田さん(右から二人目)と鹿山さん(左)

 

南相馬市から西宮に避難した鹿山真里さん(30)は、2歳の息子と「ぷらっとホーム」に通う。
「公園でママ友もできて、『大変だよね』って。でもそこまでなんですよね。言ってくれるだけいいし、仕方ないと割り切ってます。息抜きが出来る場所があれば、と思っていました」
夫の家は祖父の代からの獣医。祖父は伝統行事「相馬野馬追」の〝神馬のお医者さん〟でもある。ゆくゆくは実家を継ぐつもりで08年、当時住んでいた神奈川からUターン。しかし震災。家は福島第一原発から二十数キロ。家のローンを残し、悩んだ末に関西での家族の再出発を選択した。

気がかりなのは息子の将来だ。「福島から来たということで、仲間はずれにされたりしたらかわいそうで......」
福島ナンバーの自家用車も気になっている。福島ナンバーの車が傷つけられたという報道もあるからだ。「私も福島ナンバーを変えようと思いました。でも手続きが大変みたいで......」と川田さん。偏見への懸念、子どもの将来への不安、思いは共通している。

「話したら楽になることがある。こういう場所があってよかったです」と鹿山さん。
震災から2年になる3月11日の午後、「ぷらっとホーム」には無邪気な子どもたちの歓声が響いていた。「新聞やテレビを見ると、その人の気持ちにどっぷり入ってしまい、しんどくなるんです」と白河市出身のA子さん(43)。

A子さんは3歳の長女と西宮市内に暮らす。夫は白河に残り、月1、2回往復する。もちろん自主避難の場合、全て自己負担だ。「こっちに来てほしい」。関西の転職サイトを見せようとしたが拒まれた。いままでやってきたことを捨てられない、と。
「住宅支援は3年。それが切れたら帰るしかありません。でも子どものことを考えたら......。毎日悩み続けています」
激変した暮らし。24時間子どもと2人。つい手をあげてしまったり、締め出してしまったこともある。虐待の一歩手前。そのたびに後悔の繰り返しだ。いまは2カ月に1回、カウンセリングを受けている。(続く)
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