◆避難指示区域外からの避難は補償ゼロは不当 国の不作為も問う
東京電力福島第一原発事故で避難を余儀なくされたとして、福島から関西に避難してきた被災者27世帯80人が9月17日、国と東京電力を相手取り、損害賠償を求めて集団訴訟を大阪地裁に起こした。被災者救済を目的とした「原発事故子ども・被災者支援法」が成立して1年以上経つ。具体的支援を怠ってきた国の「不作為責任」も問う。
(鈴木祐太、矢野宏  新聞うずみ火)

東京電力福島第一原発事故で避難を余儀なくされたとして、福島から関西に避難してきた被災者たちが、国と東京電力を相手取り損害賠償を求めて集団訴訟を大阪地裁に起こした。(9月17日 大阪地裁前にて 撮影;うずみ火)

東京電力福島第一原発事故で避難を余儀なくされたとして、福島から関西に避難してきた被災者たちが、国と東京電力を相手取り損害賠償を求めて集団訴訟を大阪地裁に起こした。(9月17日 大阪地裁前にて 撮影;うずみ火)

 

大雨をもたらした台風18号から一夜明けたこの日の午後、避難者たちはやや緊張した面持ちで大阪地裁に入った。
訴状に名を連ねたのは、大阪や奈良、滋賀などに住む0歳から76歳までの被災者で、その多くが子どもへの低線量被ばくを恐れ、福島県郡山市や福島市など避難指示区域外から自主避難してきた人たちである。

原告側は訴状で、マグニチュード8クラスの地震が起きる可能性が報告されていたと指摘し、
「東電は巨大地震を想定した耐震設計の見直しをせず、国も技術基準に適合させるように命令しなかったことが事故につながった。国と東電は事故を予見できたのに対策を取らなかった過失責任がある」
と主張。

放射能汚染で今まで築き上げてきた財産や人とのつながりを奪われたとして、1人当たり1500万円の損害賠償を請求している。
提訴後の記者会見で、「原発賠償関西訴訟」弁護団の金子武嗣代表は裁判の目的について「事故前の普通の暮らしを取り戻し、国と東電の責任を明らかにし、個人の尊厳を回復すること」と説明した。

◆避難指示区域外からの避難者には補償なし
避難指示区域外からの避難者には、どこからの補償もない。仕事のある夫を被災地に残して母子避難した家族の多くは貯金を切り崩しながら二重生活しているのが実情だ。

郡山市から子ども2人を連れて大阪市城東区に避難している森松明希子さん(39)は、
「私たち避難者が国や東電を訴えて裁判をすると、福島に留まっている人に『なぜ、避難しないのか』と責めるような気がしてなかなか声をあげられなかった」
と苦しい胸の内を明かした。

さらに、昨年6月に成立した「原発事故子ども・被災者支援法」について触れ、
「避難者の声が十分に反映されていない。子どもたちの健康支援もないがしろにされており、このままでは子どもたちに顔向けができない。これは子どもたちの未来と健康を守る裁判です」
と話す。

支援法には、被ばくを避ける権利が規定されている。「被災地で暮らす」「被災地から避難する」「避難先から地元に帰る」――いずれを選択した場合も住まいや健康など一人ひとりが抱える課題に応じた支援を受けることが保障されている。にもかかわらず、基本方針が未だ策定されていない。

森松さんら原告は、放射能被ばくから「避難する権利」を求めている。被災地に残った人には健康支援を、避難した人には生活支援を求めることで、どちらを選んでも平等に支援を受けられるようになり、事故前の「普通の暮らし」を取り戻せることができると考えているからだ。
郡山市から避難してきた当時3歳だった森松さんの長男も来年春には小学校へ入学する。だが、大阪市へ住所変更していないため、学校案内は送られてこない。

「郡山から住所変更すると、子どもたちの検診が受けられなくなるのです。もし、将来に何かあれば、原発事故との因果関係を認めてもらわなくてはいけないので」。
勤務医である夫を残しての二重生活も2年半になる。避難指示区域以外からの避難者は法制度上、長期旅行者と同じ扱いである。

「地震さえなければ家族が一緒に暮らせたのにと、今でも思います。幼い子どもの成長は早く、離れ離れの生活が家族にとって、いいこととは思えません」
子どもも原告のひとりとなっていることについて森松さんは
「母として、まだ声をあげられない子どもの代弁者になるつもりです」
と語った。

警戒地域の浪江町から避難している菅野昭雄さんは
「家族は今も仮設に住んでいる。事故から3年目を迎えたが変わっていない。仮設は避難地域ではないが、線量は大阪の10倍もある。福島は終わっていないし、始まっていない」
と語ったあと、
「生業が失われた。行事がなくなった。コミュニティが失われた」と振り返り、ため息をもらした。(つづく)
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