現地ルポ連載の第二弾。東日本大震災の発生から2年半が過ぎた。復興への道のりは依然険しく、特に福島県では、東京電力福島第一原発事故の影響が暗い影を落としている。事故の収束も見えないまま大量の放射性物質を含む汚染水が海に流出し続ける中、原発事故に翻弄される続ける福島県の漁師まちを歩いた。 (栗原佳子 新聞うずみ火)

漁業の再生を願う漁業者たち。しかし、名古屋から西では「福島の魚」ということで受け入れられないという(福島県相馬市にて 栗原撮影)

漁業の再生を願う漁業者たち。しかし、名古屋から西では「福島の魚」ということで受け入れられないという(福島県相馬市にて 栗原撮影)

 

◆試験操業中止~国と東電に不信感をつのらせる漁師たち
9月の試験操業では、制限された漁場も広がり、魚種も増えるはずだった。しかし、試験操業は流通の状況を見るという側面が大きく、結局は中止を余儀なくされた。福島第一原発を挟んで南に位置する、いわきの場合は、震災後初の試験操業が中止になったという。

汚染水問題が発覚してまもなく、東電などが漁協に対して説明会を開いた。しかし、それがまた漁師たちの猛反発を招いた。漁師の一人が言う。「来るのはいつも『謝り』専門。反論もしないで、質問しても黙っていて『持って帰って検討します』。大臣や総理、東電の社長に来て説明してもらいたい」
震災後、最初に汚染水を放出した時も、県の漁協への連絡はファックス一枚だったという。「信用できない」。漁師たちの思いはこれに尽きる。

港周辺はいまも立ち入り禁止のヒモがあちこちに張られ、津波を受けた当時のままの姿をさらしている。復旧工事もなかなか進まない。「オリンピックもいいけど、こっちが置いてきぼりにならんようにしてほしいよ。こっちの人夫が東京に行ってしまったら、こっちの復興はもっと遅れてしまう」と懸念する漁師。「原発で起こした電気は、全部東京に行っていたんだ。汚染水も東京に持っていってほしいよ」といういら立ちの声も聞かれた。

いまはガレキ除去の作業があるが、それも残り十数日だという。しかも今年で終了の可能性が高く、「来年から収入源がなくなったら、あと、どんなんやって暮らすべ」
漁師たちには、それまでの水揚げ高に換算し、東電が賠償をしているが、それもいつまで続くかわからない。除染作業のアルバイトで生計をつなぐ漁師もいるという。(つづく)
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