( ※ 当連載は、「私、北朝鮮から来ました ~日本に生きる脱北女子大生~ リ・ハナ」 を再構成してアップしております。)
「私、北朝鮮から来ました」記事一覧

日本入りした脱北者として初めて大学を卒業したリ・ハナさん。今年1月刊行の手記「日本に生きる北朝鮮人 リ・ハナの一歩一歩」は多くのメデイアに取り上げられた。

日本入りした脱北者として初めて大学を卒業したリ・ハナさん。今年1月刊行の手記「日本に生きる北朝鮮人 リ・ハナの一歩一歩」は多くのメデイアに取り上げられた。

◇第1回 鴨緑江のほとりで

はじめに

在日朝鮮人帰国者の娘として、北朝鮮・新義州(シニジュ)で暮らしたリ・ハナの甘くも酸っぱい青春の日々。一転、政治的な問題が発生して中国に逃れた後の、自殺も覚悟した苦難の毎日。

2005年に日本入りを果たしたリ・ハナは、戸惑い、悩み、焦りながら 自立と定着のために格闘します。そして苦学の末大学を受験し、脱北者として日本で初めて大学生となりました。

リ・ハナ自身の波乱万丈の青春だけでなく、外の世界に出た北朝鮮人から見た「祖国」の姿、そこに生きる人びへの懐かしさと愛情も、彼女自身の言葉で訥々とつづります。

きっと、隣国・北朝鮮に暮らす人々に対する理解の一助となることでしょう。

地図

地図

◆朝中国境の川 鴨緑江

私は、朝鮮民主主義人民共和国の北西部に位置する都市、新義州(シニジュ)で生まれました。新義州市は平安北道の所在地(道都)で、北朝鮮では、商業が発達した主要都市の一つです。

中国との国境となる北朝鮮で一番長い川、鴨緑江が悠々と流れるほとりにあります。向かい岸にある中国の丹東市との間を、北朝鮮と中国の船やボートが行き交う光景がよく見られました。

そして、北朝鮮の金日成、金正日父子や高級幹部たちが中国を訪問する際に利用する列車が通る橋、「朝中親善の橋」が鴨緑江下流に建てられており、税関がある鉄橋は、中国人の商人や華僑、朝鮮人の商人たちで賑わっていました。

鴨緑江のほとりには大きな公園があり、私たちの遠足は決まってこの公園でした。名節(ミョンジョル:祭日)ともなれば、出店が軒を連ね、工場や企業所、学生の団体、また親戚一同が集まって、公園の芝生で食事を楽しみ、録音機(カセットプレイヤー)の音楽に合わせて歌って踊る姿も、この鴨緑江辺の見どころでした。

海のない都市で生まれ育った私にとって、この鴨緑江は海のような存在でした。7月~8月の「海洋体育月間」には、鴨緑江下流の浅いところで水遊びを楽しみ(ただ鴨緑江の水は透明でなく泥水のように黄色で、汚い)、船に乗ったのもこの鴨緑江のおかげ。
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