平安南道安州(アンジュ)市の一般的なアパート。2008年6月 撮影:白香(ペク・ヒャン)

◇ 深い眠りへ
「これで眠れば万事終わりだ」と死を待っていると、一つ気づいたことがありました。私が薬を飲んだ日は2月14日で、その翌々日が、金正日総書記の誕生日だったのです。「民族最大の名節(祭日)」とされる2月16日。ただでさえ自殺は反逆行為とされるのに、金正日総書記の誕生日を前に自殺するなんて...。
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全くの偶然ですが、一歩間違えば政治犯にされる大事になってしまったのです。それに気づいた瞬間、背中に冷や汗がじっとりとにじみ出るのを感じました。緊張感でのどが渇いてきましたが、いまさらどうしようもできないと開き直りました。

そんな中で、薬を飲めばすぐ眠れると思っていた当初の予想とは裏腹に、1時間が過ぎても、2時間が過ぎても全く眠れる気配はなく、私は焦り始めました。眠くなるどころか、頭は冴えてくるばかりで、「もしかして薬は偽物だったのか?」と疑うくらいでした。結局、夜になっても何の気配もなくて、私は普通に寝ることに...。

もしこれで起きられなかったら私はあの世にいるのだと思いながら、私は17年間の人生を振り返ってみました。この世での最後と思うと感極まって、布団の中で大粒の涙をぼろぼろ流しながら、自分でもよくわからない誰かを恨みました。そうこうしているうちに泣き疲れた私は、夜明け頃になってやっと眠りにつきました...。

「もう9時よ。早く起きて...」母の声と、布団をたたむ音が聞こえました。
あれ?...今はどの世かな?
窓が開けられ、冷たい空気が一気に入ってきました。目が覚め、なんとなく今の状況が理解できました。私は死んだのではなく、母に起こされ、普通に起きてしまったのです。

まだこの世に生きていることを確認した私は、泣いたり笑ったり一人芝居をしている自分が、バカらしくて死にたくなりました。神様は最後の最後まで私の気持ちをもてあそんで、苦しめているのだと思うと、怒りがこみ上げてきました。涙も出ず、怒りで体中が小刻みに震えだしました。頭の中は混乱し、もうどうなってもいいと完全に開き直ってしまいました。

ところが、お昼に近づくにつれて頭がぼっとしてくるのを感じました。やっと薬が効いてきたのか、部屋がぐるぐる回っているかのように目眩がして、体が鉛のように重くなり、ぐったりと伸びてしまいました。そのまま昼食も抜いて夕方になり、明らかに私の様子がおかしいと感じた母に厳しく問いただされ、私は夢うつつにすべてを「白状」してしまいました。たぶん、まだ死にたくないという気持ちが働いたのでしょう(私は、自分の意志の弱さを改めて感じました)。そして、白状した直後に私は意識をなくし、深い眠りに吸い込まれていきました。
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