ソウル高裁で無罪判決後、日本からの支援者に囲まれる李さん(右から5人目)=畑章夫さん 1月撮影

ソウル高裁で無罪判決後、日本からの支援者に囲まれる李さん(右から5人目)=畑章夫さん 1月撮影

 

◆韓国留学中の75年に「政治犯」として連行、懲役5年

朴正煕(パク・チョンヒ)政権下の韓国で逮捕され、4年7か月の獄中生活を強いられた大阪市生野区の李東石さん(61)に対する再審で、ソウル高裁は1月17日、無罪判決を言い渡した。

李さんは東大阪市生まれの在日コリアン2世。ソウル外大留学中の1975年11月、ソウル市内の下宿から突然、令状なしで連行された。「機密を探知して朝鮮総連の工作員に伝えた」として国家保安法違反罪などで懲役5年の判決が確定。80年8月に特赦で釈放された。

それから四半世紀。韓国では盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権時代、「真実・和解のための過去事件整理委員会」が設けられ、独裁政権下の政治事件の真相 究明がはじまった。在日元「政治犯」らにも再審の動きが出てきた。李さんは2010年、同じ被害者とともに同委員会を訪れ、「事件は拷問による捏造で、ス パイでないと認め、名誉回復をしてほしい」と訴えた。

ソウル高裁は判決で「拷問による捜査が行われ、供述調書に証拠能力はない」と無罪とした。検察側は上告しているが、無罪確定は時間の問題だという。

「国家権力に負けたという屈辱感。人には言いたくないという思いをずっと持っていた」という李さん。しかしかつての「事件」を思い起こし、明らかにしなければ再審は闘えない。「何カ月間は鬱のようになった」という。

2月9日、同じ体験を持つ「在日韓国良心囚同友会」の仲間や、獄中生活を励ました古くからの支援者らが大勢駆けつけた祝賀会で、李さんは、ほっとした表情を見せた。
「二度とこんなことがあってはいけない」と、釈放直後から政治犯救援運動に奔走してきた。しかしその間も、新たな事件がいくつも捏造された。

独裁政権時代の韓国は「北のスパイ」事件をでっち上げ、民主化運動の弾圧に利用した。目をつけられたのが、「南北」が混住する日本で生まれ育った 青年たち。100人以上が政治犯にされた。当時適用された国家保安法は1948年の制定。日本の治安維持法がモデルとされる。それらの再来ともいえる秘密 保護法が成立した日本社会の状況を、李さんは被害者の一人として強く憂えている。

これまでに再審無罪となった在日の元「政治犯」は十数人。「こんどは自分が他の人たちを支え、助けになりたい」。李さんはそう、力を込めた。

【栗原佳子 新聞うずみ火】