原子力という言葉に対し、私たちが長年抱いてきた「クリーンなエネルギー」というイメージ。福島第一原発の事故降、それが幻想だったと多くの人が気付かさ れたが、環境汚染物質である以外に、戦争の道具としての本質に、どれだけ多くの人が危機感を持っているだろうか。戦争と原発の関係性について、改めて京都 大学原子炉実験所・助教の小出裕章さんに解説してもらった。(ラジオフォーラム)

京都大学原子炉実験所・助教の小出裕章さん

京都大学原子炉実験所・助教の小出裕章さん

◇原爆、原子力潜水艦、そして原発へ

ラジオフォーラム(以下R):原子爆弾が製造されたマンハッタン計画からお聞きします。1940年に0.4キロ グラムの濃縮ウランがあれば原爆がつくれるという事実が発見されました。42年にはオッペンハイマー博士らがロスアラモスで研究を始め、43年にアメリカ のオークリッジにウラン濃縮工場ができました。

小出:そうです。広島の原爆をつくるための工場ですね。

R:ハンフォードにもプルトニウムの生産炉ができました。これは長崎の原爆のためですか。

小出:そうです。長崎の原爆の材料であるプルトニウムという物質は天然には全く存在していません。そのため、人 工的に作り出さなければいけないということになり、ハンフォードに原子炉をつくりました。日本の皆さんは原子炉というと発電のための道具だと思われるのか もしれませんが、もともと原子炉というのは、原爆材料であるプルトニウムをつくろうとして開発された道具なのです。

R:そして、1945年7月16日、ポツダム会談の日、アメリカ・ニューメキシコ州のアラモゴルドというところで世界初の核実験が行われました。これはプルトニウム型だったのですね。

小出:そうです。

R:そして、その1ヶ月後の8月6日、広島へリトルボーイが投下されました。

小出:はい、今度はウラン型の原爆でした。

R:そして、3日後の8月9日、長崎にファットマンが落とされました。

小出:はい、今度はプルトニウム型が落とされました。

R:私たちは、アメリカが広島・長崎に原爆を落としたのは戦争を早く終わらせるために仕方がなかったのだと言われてきたわけです。本音はウランとプルトニウムの原爆を2つ実験したかったのではないですか。

小出:実験したかったというのは、もちろんそうだと思います。米国が長い年月をかけて、当時の日本の年間国家財 政のすべてをなげうっても足りないぐらいの巨額なお金をかけて、さらに10万人を超えるような技術者、科学者、労働者を秘密都市に閉じ込めながらつくった 原爆ですので、当然と言ったら失礼だけれども、やっぱり使いたいと、彼らは思ったと思います。そして、一番大切なことは戦後の世界を牛耳るためにはどうし てもソ連より先に日本を降伏させなければいけないという思いでやったのだと思います。

R:その結果、2つの都市でものすごい悲劇が起こったわけですね。
このようにアメリカは第二次世界大戦中、プルトニウムを取り出すために原子炉を開発したわけですが、その後、原子力潜水艦にこれを乗せて使おうとしました。そして、その4年後に陸に上げて、原子力発電所を開始します。原子力潜水艦が先で原発が後ということですか。

小出:そうです。原子力潜水艦というのは、圧倒的に優秀な兵器です。潜水艦というのはもちろんそれより前にも あったのですが、原子力潜水艦より前の潜水艦というのは、ただごく一時的に水面下に潜れるという、それだけのものでした。少し潜って、すぐに浮上してこな ければ酸素は足りなくなってしまうわけですから。

R:通常はディーゼルエンジンで動いていますからね。

小出:そうです。わずかな時間だけ姿を隠しておけるというのが、もともとの潜水艦だったわけですが、原子力潜水艦になってしまいますと、例えばノーチラス号が北極海を潜って通り抜けるようなことができるように、真の意味での潜水艦になったわけです。
現在では核弾頭を積んだまま世界の海に沈んで潜っていられるという画期的な兵器です。米国としては、まずは発電なんかではなくて原子力潜水艦、つまり本当に潜っていられる兵器をつくる方に力を入れたのだと思います。

R:1954年にノーチラス号に搭載されたのが加圧水型ですね。

小出:そうです。関西電力などが使っている原子炉です。

R:ウェスティングハウスがつくったものですね。それと同時にゼネラル・エレクトリック(GE)が中速中性子炉 をシーウルフ号に搭載しようとしましたが、これは完全に失敗し、シーウルフにも加圧水型が搭載されました。そしてその4年後、陸揚げして原発になったと。 これ私たちの常識とは全く逆ですね。

小出:もともと、日本で原子力といわれている言葉は、"nuclear"という英語の単語ですけれど も、"nuclear"というのは原爆開発から始まっているわけですし、原子炉もまた、プルトニウムをつくるため、あるいは原子力潜水艦をつくるために開 発された技術でした。日本では原子力と核が違うものであるかのように思い込まされてきてしまったわけですが、もともと同じものだし、一番初めはいわゆる核 兵器という形で花が開いたものなのです。
原子力がたどった歴史を振り返れば、このエネルギーが軍事・安全保障と切っても切れない関係にあることは疑いなく、原子力発電に固執する政治家の思惑もお のずと想像がつく。原子力がまとう兵器としての本質を認識した上で、平和憲法を掲げる日本がこのエネルギーを保持すべきか否か考えるべきではないだろう か。

※小出さんの音声をラジオフォーラムでお聞きになれます。
「小出裕章さんに聞く 原発問題」まとめ