太平洋戦争末期の大阪大空襲などの被災者らが国に謝罪と1人あたり1100万円の損害賠償を求めた「大阪空襲訴訟」が昨年、原告敗訴に終わったことを受 け、「最高裁決定・報告集会」が1月31日、大阪市東住吉区の長居障がい者スポーツセンターで開かれた。支援者ら40人が出席した。(新聞うずみ火/矢野 宏)

大阪空襲報告会jpg: 空襲被災者への補償と国の謝罪を求めた大阪空襲訴訟は2014年9月、原告敗訴で一旦幕を閉じた。報告集会で支持者を前に報告する原告代理人の小林徹也弁護士(撮影・矢野宏)

大阪空襲報告会jpg: 空襲被災者への補償と国の謝罪を求めた大阪空襲訴訟は2014年9月、原告敗訴で一旦幕を閉じた。報告集会で支持者を前に報告する原告代理人の小林徹也弁護士(撮影・矢野宏)

 

◆憲法の平等原則を問う

訴訟は、大阪などで空襲に遭い、肉親を亡くしたり、焼夷弾で大やけどしたりした被災者23人が、「国の不作為により戦後、何の救済もなく放置された」とし て、2008年12月に大阪地裁に集団提訴したもの。1、2審とも原告側の訴えは退けられ、昨年の2014年9月、最高裁が上告を棄却した。

集会では、原告代理人の小林徹也弁護士が「大阪空襲訴訟の意義と今後の課題」と題して報告。裁判の意義について、「今の日本社会において、戦争の残 酷さ、そこに至る国のあり方、戦争の犠牲になった原告たちの声を、裁判を通じて世の中に届けるのは大きな意味があった」と述べた。

この裁判は立法不作為を理由とする国家賠償請求訴訟で、「憲法が国に対して空襲被災者を救済せよと命じているのに国会が放置し、原告に損害が生じている」と説明した。

空襲訴訟をめぐってはかつて最高裁が「戦争損害は憲法の全く予想しないところであるから、国の存亡にかかわる非常事態の下では、犠牲や損害は国民が等しく受忍しなければならない」との判断を示した。いわゆる「戦争損害受任論」(受忍論)である。

小林弁護士はこれについて、「憲法は、先の大戦の反省を踏まえ、『再び戦争の惨禍が起こることのないよう決意』(前文)して定められたのだから、戦 争損害を全く予想していないはずはない」と否定。受忍論については、「国が戦争被害者を広げたくないがため採用した政治的な考え方であって法律上の理屈で はない」と裁判で証言した九州大学大学院の直野章子准教授の言葉を紹介し、「かつて(昭和62年の名古屋大空襲訴訟・最高裁判決では)戦後補償の不存在が 違憲となる『余地はない』と断言したが、(今回の判決では)1、2審ともこの考えは取らなかった。戦後補償を受けた者との格差が大きくなれば憲法上の平等 原則に反することも『あり得る』と判断し、最高裁もこれらをひっくり返さなかった。そういう意味で大きな成果があった」と語った。

その上で、原告の救済の中心に据えたのが「平等原則違反」だったと述べ、「同じように戦争被害に遭いながら、軍人・軍属は救済され、その犠牲となった空襲被災者は救済されていないのは憲法14条違反である」と主張した。

軍人・軍属だけでなく、学徒動員、原爆被爆者、引揚者など、戦争による被害者の多くが救済を受けている。裁判では、戦争犠牲者の共通性を主張し平等原則違反を指摘した。

「裁判所は平等原則違反を認めなかったものの、場合によっては平等原則違反になると認めさせるところまで国を追いつめた。原告の訴えが裁判所を動かしたと言える」

また、大前治弁護士が法廷で明らかにした「防空法制」に触れ、日本政府は「空襲は怖くない」などと虚偽情報を流し、空襲の被害実態も秘密にした情報 統制を敷き、さらには「逃げずに火を消せ」という「防空法」を制定したこと。足手まといになりそうな学童やお年寄り以外の疎開を抑制したことなどが被害を 広げたと説明し、「どんな空襲であっても逃げることを禁じた防空法制の歴史的事実を最高裁も認めたことは大きな成果だった」と語った。

このあと、原告団の最高齢の浜田栄次郎さん(85)がこれまでの支援に対してお礼を述べ、「最高裁はええ答えを出してくれるものと信じて闘ってきましたが、これでは喜んであの世へは行けません。あと10年、15年と頑張っていきます」と述べた。

原告団の代表世話人を務めた安野輝子さん(75)は、「戦争を忘れたいとどれだけ思ってきたか。裁判では何も解決しませんでしたが、戦争経験のない 人もわが身に引き寄せて考えていただいたことと思います。今、きな臭くなってきました。平和を求めていくことにこれからもご協力してもらえたら嬉しいで す」と訴えた。

大阪空襲訴訟原告団・弁護団・支える会は今後、「全国空襲被害者連絡協議会・大阪 大阪空襲訴訟を伝える会」を新たに立ち上げ、空襲被害者の補償を求める「空襲被害者等援護法」の制定を国に求めていく。