20140303_asiapress_NHK001◆権力監視を放棄したメディア

「過去に目を閉ざす者は現在にも盲目となる」(ドイツ・ワイツゼッカー元大統領)
私たちはなぜ戦争を繰り返すのか、という問いを立てたとき、その答えはこの言葉に集約されている。長年、アジアの戦争や紛争地を取材しながら、歴史から学ばぬ者に平和を構築することはできない、と考えてきた。

私たちは誰しも、平和な未来を望む。平和な未来は、平和な未来を築くための現在の努力の先にある。その現在の努力の方向性を決めるのは、過去の教訓 である。なぜ戦争を起こしたのか。どこに過ちがあったのか。なぜそれを食い止めることができなかったのか。未来と現在、そして過去はつながっており、平和 への希求は歴史の事実と向き合い、それを直視することから始まる。

安保法制や新ガイドライン、憲法改正などの議論を行うためにも、過去の戦争から学び、歴史的な文脈の中から、未来の方向性を見定めていかねばならな い。日本においてその努力は決定的に欠落している。日本の侵略戦争や植民地支配に対して「妄言」を繰り返す安倍晋三首相や麻生太郎元首相をはじめ、今の政 治家たちの多くはアジア太平洋戦争についての基礎的な知識すら持っておらず、自らの認識のゆがみに無自覚である。彼らは歴史的な事実を事実として受け止め る「力」を持っていない。他者の苦しみや痛みにも鈍感である。この点においては、「ウヨク」や「サヨク」といった分類は意味をなさない。歴史への謙虚さや 他者の言葉に耳を傾ける力を知性とするならば、問題は知性の有無であり、右も左も関係がない。どの時代においても事実に立脚しない言論の広がりは、情緒的 で排他的なナショナリズムを導き、きわめて危うい。

残念ながら、本質的な意味で日本の危機を増幅させているのは、このような政治家たちを諌め、権力の動向をウォッチする力を失ったメディアである。安 保法制についても、権力監視というもっとも基本的な役割を果たすことをせず、政府広報を垂れ流しているような報道の氾濫は、日本のジャーナリズムの原則、 規範が崩れつつあることを示している。

そもそも権力との距離をとるという点でも、この国のジャーナリズムは逸脱し始めている。第二次安倍政権の発足以来、安倍首相と新聞、テレビなど、マ スメディアの幹部たちとの「夜の会食」は50回を数える。新聞の「首相動静」欄によれば、朝日新聞では2013年から14年にかけて木村伊量社長(当時) や政治部長らが複数回、帝国ホテルなどで、首相と会食を行っている。読売新聞の場合は、渡辺恒雄会長をはじめ、社長や政治部長など、経営、編集幹部たちと の会食回数は10数回に及ぶ。