トンネル群、タチソの保存活動に取り組む「高槻『タチソ』戦跡保存の会」は戦争の愚かさを後世に伝えるため、写真集「消えていく戦争 70年目のタチソ」を出版した(写真は表紙/東邦出版)

トンネル群、タチソの保存活動に取り組む「高槻『タチソ』戦跡保存の会」は戦争の愚かさを後世に伝えるため、写真集「消えていく戦争 70年目のタチソ」を出版した(写真は表紙/東邦出版)

 

「保存の会」は8月、写真集「消えていく戦争 70年目のタチソ」(東邦出版)を出版した。トンネル群は年々崩壊が進んでいるが、市に保存を求めてもなか なか話が進まない。戦争の教訓を残さなければならないと、プロのカメラマンにトンネル群の撮影を依頼した。「戦争遺跡に平和を学ぶ京都の会」代表の福林徹 さん(67)=京都府亀山市=が5月に米国立公文書館で発見した敗戦直後の「タチソ」の写真も急きょ収めた。米国戦略爆撃調査団が撮影したもので、完成し ていた第1トンネル群の中に重機が搬入されている様子や、飯場も写っている。

「タチソ地下壕跡」は第2トンネル群が散在する山すそに立つ。戦後50年を記念して大阪府と各自治体が計画した「戦争の傷跡」銘板12カ所の一つで、碑文は「1995年(平成7年)大阪府・高槻市」と結ばれている。

だが、実際にこの碑が立ったのは翌年の96年だった。碑文をめぐり「保存の会」と市が何度もやりとりしたが、中々折り合いがつかなかったという。橋本事務局長が振り返って言う。

「どうしても入らなかった言葉が二つありました。『植民地支配』と『侵略戦争』です。『先の戦争評価を、一地方自治体がするのは難しい』と。当時 は、それでも、このような碑が立ちました。いまは、もっと難しい時代でしょう。戦争の愚かしさを胸に刻むため、一人でも多くの人に、タチソを見学してほし いと思っています」(了)