会場からの質問に答えるウクライナの科学者ウラジミール・ティヒーさん(写真左)と今中さん(大阪府熊取町で2月撮影・栗原佳子)

会場からの質問に答えるウクライナの科学者ウラジミール・ティヒーさん(写真左)と今中さん(大阪府熊取町で2月撮影・栗原佳子)

この日は全国から150人が詰めかけ、6人衆も瀬尾さんを除く4人が見守った。

ウクライナから今中さんの親しい友人でもあるウラジミール・ティヒーさんも駆けつけ、「チェルノブイリ事故後30年、その意味と現状」と題して講演。続いて、今中さんの最終講演が始まった。

「大学時代から原子力に付き合って47年になるが、スリーマイル、チェルノブイリ、そして福島原発事故へたどり着く道を歩んできた」と、今中さんは振り返った。

2011年3月11日、東京電力福島第一原発の6基のうち1号機から3号機が運転中だった。地震で核分裂の連鎖反応は自動的に止まったが、電気も止 まり、外部電源もダメになった。タービン建屋の地下にあった非常用電源のデーゼル発電機も10メートルを超える津波で水浸しになった。

「福島原発の津波対策は5.7メートルでした。吉田調書によると、2008年に東京電力内部チームから、福島原発で10メートルを超える津波の可能 性が報告されていたにもかかわらず、握りつぶしてしまった。原発は危ないものだという認識を忘れずに対策を取っていれば回避することができた。その意味で も、福島の事故は明らかな人災だ」(つづく)
【矢野宏/新聞うずみ火】