そして最後には、同僚や学友の欠点を批判する「相互批判」も書かなければならない。ちなみに、引用した「お言葉」と自分の反省点が内容的に噛みあっていないと、党幹部などから「政治理論の水準が低い」とみなされ、目を付けられることになる。

※整理者注 金日成および金正日の「お言葉」は、彼らが様々な場面で発した指導・指示の類で、すべての社会活動と国民生活の指針とされている。ま た、「唯一思想体系」とは、金日成の提唱した主体(チュチェ)思想を朝鮮民族全体の指導理念として定めたもので、1976年の朝鮮労働党大会で取りいれら れた。

このように書くと、いかにも仰々しい儀式のように思えるだろうが、真剣に取り組んでいる人は皆無に近い。生活総和は一般的に、土曜日の午前から昼にかけて行われる。

ちなみに午後は、後述する政治学習に当てられる。人々はこのうんざりするほど退屈な時間を、「明日は日曜日だ」という希望だけを支えに、どうにかやり過ごしているだけなのだ。

私が勤務していた平壌市内の教育関係機関では、土曜日は仕事が禁止され、党員と非党員に分かれて生活総和を行っていた。

生活総和を無難にやり過ごすには、いくつかのポイントがある。
まず、自分の反省点を挙げるにしても、政治的に敏感な問題を選んではいけない。

職場によって、数人から30人前後のグループに分かれて行う生活総和は、各自がノートを見ながら発言した後、進行責任者がそれぞれの挙げた反省点に ついて説教をする形で進んでいく。その際に大した批判を受けないよう、生活上の些細な欠点や怠慢などを反省して見せるのである。

もっとも、毎週のように自分の欠点を挙げるのも簡単なことではない。どうしても思い浮かばなければ、無理やり「捏造」することもある。世界広しといえども、ウソをついてまで自分の欠点を作り出しているのは、朝鮮の国民だけではないだろうか。

そして生活総和での最大の難関となるのが、「相互批判」だ。他人の欠点をあげつらって批判するなど決して気持ちのいいものではないが、指摘される本人はなおのことだ。
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