東日本大震災から5年。映画「飯舘村の母ちゃんたち 土とともに」が5月から公開されている。1988年から主にパレスチナの女性や子どもたちをテーマに取材、数多くのニュースやドキュメンタリー映画を発表してきた古居みずえ監督が、福島原発事故の被災者と向き合った。福島県飯舘村を追われ、仮設住宅に暮らす女性たちをカメラは丹念に追う。映像に映し出されるたくさんの笑顔、そしてたくましさ。だが、その奥には事故に翻弄された人びとの苦悩がある。(アジアプレス・ネットワーク編集部)

映画「飯舘村の母ちゃんたち 土とともに」の主人公、原発事故により全村避難を受け、仮設住宅で暮らす菅野榮子さんと芳子さん。(映画「飯舘村の母ちゃんたち 土とともに」より)

映画「飯舘村の母ちゃんたち 土とともに」の主人公、原発事故により全村避難を受け、仮設住宅で暮らす菅野榮子さんと芳子さん。(映画「飯舘村の母ちゃんたち 土とともに」より)

◆飯舘村からの全村避難した住民を追う
2011年3月11日の震災時は東京にいましたが、何が起きたのか伝えるために被災地へ行かねばと思いました。各地を車で移動しながら、カメラを回しました。

原発事故から2か月たった5月初め、福島第一原発から40キロ離れた飯舘村では、線量の高さから村人たちは全村避難を言い渡されていました。村は美しい緑に囲まれていて、ここが放射能汚染されているなんて想像もできませんでした。牛を処分に出すときには涙を浮かべている女性たちもいました。生まれた時から、ミルクをあげたりして育ててきた牛は、彼女たちにとって自分の子どものような存在だったようです。牛がトラックに乗せられ運ばれる時、泣いて追いかけるお母さんもいました。

「これまで普通に暮らしてきただけなのに、なぜこんな目に」と訴える女性もいました。その姿は、イスラエルの占領下で家や土地を奪われたパレスチナの女性たちの姿と重なって見えました。
関連記事:古居みずえインタビュー「日本の震災とつながるパレスチナの情景」

東京から福島へ通い、1か月のうち10日間は滞在して撮影を続けました。飯舘村にも通いました。村には不審者から集落を守るための「見守り隊」の方たちが交代で来られていました。私は放射線測定器を借りて、線量の高い場所ではマスクをしました。最初、放射線の情報も少なくて、みんなが戸惑っていました。除染作業も始まっていなかった当初、泥がついた靴のまま、人のお宅に行っていいのだろうか、と心配したりしました。現地で履いていた靴を10足も買い替えました。
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