◆なぜ私は「脱北者」になったのか

私には二つの望ましくない呼称がついている。一つは「脱北者」であり、もう一つは「帰国者」である。日本に生まれた幼い私は、帰国する親と共に北朝鮮に行った。祖国では「在日帰国者」と呼ばれ、北朝鮮からまた日本に舞い戻ってくると、今度は「脱北者」として括られることになった。

「脱北者」も「帰国者」も、一般的に前科者、ホームレス、亡命者、収容者等と同じくらいネガティブなイメージの呼称である。そんな呼称を被せられる運命は、決して幸運とは言えないだろう。

「脱北者」の大部分は、国境を越える時、初めから韓国や日本を目的地として意識するのではない。パニック状態の中で、生き延びるために朝鮮から地続きの中国の「満州」に出てくるのは、歴史的にあった現象で全く新しいことでもないが、現在では特別に「脱北者」と呼ばれている。昔はそのような人の中から独立運動家が生まれた。「満州」は本来、朝鮮の先祖が住んでいた場所で、朝中間にあっては、あたかもエルサレムの帰属のように複雑である。

とにかく「脱北者」は、不名誉な呼称で呼ばれるお陰で、なぜ北朝鮮から出てきたのか? と問われる立場にある。北朝鮮では「脱北者」は「反逆者」と同義語だが、実は「脱北者」の中で北朝鮮を愛していない者は非常に稀なはずだ。矛盾することだが、北朝鮮を愛する人々がなぜ脱出したのか。少なくとも、私の脱出理由は、誰よりも私が一番よく知っている。

私は平凡な生活をしてきたし、また今後も平凡な生活をするだろう。この平凡この上ない私の人生の中で、中国への命がけの「不法越境」の渡河、中国公安の捜索を避けるために山中に潜伏し、限界に達した肉体で警戒ものものしい市街地の道路、水路を横断する強行軍などなど、まるでドラマの中の一シーンのような、あるいはゲリラ活動に匹敵するような行軍を、なぜ私は、一時的にでもできたのだろうか。

振り返って見ると、その時の決断力心と勇気は、いったい私の体のどこに潜んでいたのか不思議に思われる。自分が自分に命じて取った行動と断定することすら難しい。ただ言えるのは、脱北の前に、どのようなことが私の身に起こったのか、平凡な私の人生に何が襲って来たのか。それを書くことが、一部の人々に度々質問される、<なぜ脱北したのか?>に答えることになるのかもしれないと思うのだ。

ただ、脱北の具体的理由は人によって千態万象であり、私は決して何をも代表しないという点だけは、くれぐれもはっきり述べておきたい。
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