若い男性が闇市場で商行為をするという「ありえない」光景が全国で出現した。配給制崩壊→職場離脱→非統制経済活動の盛行という既存統治システム崩壊をよく表している。1998年10月江原道の元山市にてアン・チョル撮影(アジアプレス)

若い男性が闇市場で商行為をするという「ありえない」光景が全国で出現した。配給制崩壊→職場離脱→非統制経済活動の盛行という既存統治システム崩壊をよく表している。1998年10月江原道の元山市にてアン・チョル撮影(アジアプレス)

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北朝鮮と他の東欧社会主義国家とでは、90年代の社会システム(秩序)の崩壊は大きく異なる現れ方をした。 他の社会主義国のシステム崩壊が、結果として未来指向的な社会再編の積極的な機会になったのに比べ、北朝鮮の場合は、なんとか政権崩壊を免れながらも、過去のやり方に戻るというわけでもなく、消極的な取り繕いを計画する間に、「権力分割」が表面化し、社会の秩序が乱れるという連鎖的なシステム崩壊現象が発生した。

不正腐敗で利を得ることを企む輩は、その機会を積極的に活用して既得権益構造を新たに作ってしまった。 権力の再統合と社会秩序の回復ためには、外圧を導き入れるか、あるいは世代交代的な体制の自然死以外に、どんな処方も無効なはずであった。

これに関しては、後で事例を挙げながら説明したい。ただ、連鎖的な崩壊過程を起こした社会習慣(ハビトゥス)と、それに対する統制の欠如については、ここで簡単に指摘しておく必要があると思う。 第一に、最初のシステム崩壊は、絶対的に確立運営されていた<唯一首領制>が無意味化してしまったことだった。

以下の第三でも少し触れるが、金正日には首領の後継は実際には不可能であった。 <唯一首領制>が無意味化したとはどういうことか。それは、生存する首領・金日成の信任、面会、教示を受けることによって、個人や機関の運命が決定されていた、徹底した唯一神的な「人治構造」が長期間にわたって構築運営されていたのに、それが総破産したことを意味する。

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