その中には、千田のように朝鮮人迫害の現場を経験した人や、それを見聞した人もいただろう。あるいは虐殺を生き延びた在日朝鮮人の思いにふれたことがある人もいたかもしれない。1923年の惨劇から50年しか経っていないのだ。そこには無数の「千田是也」がいた。

1973年9月、こうした多くの人々の思いを集めるかたちで、朝鮮人追悼碑が建立された。碑は東京都に寄贈され、以来、毎年9月1日には追悼式典が行われ、歴代の都知事が追悼文を寄せてきた。

ところが今年、小池百合子都知事はこれを取りやめた。その背後には、追悼碑の撤去を求める勢力の執拗な働きかけがある。彼らは当時の戒厳司令部さえ否定した「朝鮮人暴動」の流言こそが事実だったのだという「偽史」を信奉する特異な人々である。

朝鮮人追悼碑に結晶しているのは、千田是也をはじめとする、あの時代を経験した多くの人々の「惨劇を二度と繰り返させない」という痛切な思いだ。現代の私たちには、それを受け継いでいく責任がある。東京の「負の原点」というべき虐殺の記憶を消し去ろうとする動きを、これ以上許してはならない。【加藤直樹】

加藤直樹(かとう・なおき)
1967年東京都生まれ。出版社勤務を経て現在、編集者、ノンフィクション作家。『九月、東京の路上で~1923年関東大震災ジェノサイドの残響』(ころから)が話題に。近著に『謀叛の児 宮崎滔天の「世界革命」』(河出書房新社)。

【書籍】 九月、東京の路上で ~ 1923年関東大震災ジェノサイドの残響

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