■外国人へのヘイトを叫ぶ 日本と重なる

この奇妙なエッセイを久しぶりに思い出した最初のきっかけは、彼の言う「内戦」の担い手たちと、ヘイトデモを繰り返す人々が似通っていると気がついたことだった。軍服で「仮装」し、「サムライ」といった類の空虚な語彙で自分たちを飾り立て、ひたすら外国人へのヘイト(憎悪)を叫ぶ人々。「朝鮮人虐殺などなかった」と主張する同じ口で、「朝鮮人を殺せ」と叫ぶことに何の矛盾も感じない人々。

だがこの数年で、この自己閉鎖・自己喪失・自己破壊の精神が社会全体に、全方位に浸透しつつあるのではないかと思うときがある。他国を罵倒するヘイト本が書店にあふれ、ヘイトデモの「サムライ」たちと同じ思想の議員たちが増殖している現実だけではない。性暴力の被害者だろうが過労死遺族だろうが、あるいは基地被害を訴える沖縄の人々であっても、とにかく「被害者」を嘲笑すれば喝采を浴びる風潮が広がっている。

加えて言えば、安倍政権の中枢では「嘘と事実は相反する別物だ」という言葉とコミュニケーションの前提がせっせと破壊されているし、もっと悪いことに、それを社会の側が容認しつつある。だが、嘘と事実を区別することに何の意味もないということになれば、それは国と社会そのものの「自己破壊」に行き着くだろう。