◆壕内での異変

5月半ば、新川さんは遠い炊事場から食事を運ぶ「飯上げ」の途中、迫撃砲で左足の甲に重傷を負った。麻酔なしで手術に耐え、壕の奥の狭い隙間に身体を丸め横たわった。

それから10日あまり。壕内に異変が起きた。何かがバタンバタンと倒れる音。手りゅう弾が爆発する音。「連れて行ってくれえ!」という悲痛な叫び。米軍が目前まで迫り、首里の司令部は持久戦のために南部撤退を選択、病院は閉鎖されることになったのだ。

突然顔をのぞかせた同級生が「はっちゃん、ここに置いていくよ。すぐ連れに来るからね』と枕元に何かを置いて出て行った。土塊の天井を見つめると家族の顔が浮かび、涙がこぼれた。

それからどれくらいしたろうか。下級生2人が飛び込んできた。支えられながら壕を出ると担架が3台。2つは重症の学徒が横たわり、1つだけ空いていた。乗せるはずの教師が脳症になり、急きょ新川さんを連れていくことになったという。

後に、枕元に置かれたのは缶詰と米と牛乳、粉薬のようなものは紙に包んだ青酸カリと知った。この日、何とか歩ける患者は連れて行き、歩けない患者には青酸カリを入れた缶詰や手りゅう弾が配られたという。続きの(下)を読む>>