中学生くらいの少女が露天の食堂で客の食べ残しに手を伸ばしている。1999年12月咸鏡北道の清津市にて撮影キム・ホン(アジアプレス)

◆人口の一割、200万人以上が死亡か

「苦難の行軍」という言葉をご存じだろうか?

1995年からの数年間、社会混乱が広がった北朝鮮では、膨大な数の人が飢えと病と寒さで命を落とした。

経済失政に加え、冷戦構造の崩壊によってソ連、中国などの社会主義圏から支援が途絶えた北朝鮮では、神格化された絶対独裁指導者・金日成(キム・イルソン)の死が引き金になって、あらゆる社会機能が麻痺した。

食糧配給制度が崩壊して、都市住民を中心に短期間に大量の死者が出た。筆者は200万人以上が命を落としたと推測している。

この朝鮮史上最悪の飢饉のことを、北朝鮮では「苦難の行軍」と呼んでいる。

その時、北朝鮮はどんな様相を呈していたのか? 何人かの勇気ある北朝鮮人が密かに撮影した映像と写真が、この時代のほぼ唯一無二のビジュアル記録である。シリーズで報告する。(石丸次郎)
【写真特集】 秘密カメラが捉えた大飢饉時代の少女たちの姿(10枚)