新天皇に代替わりした日の朝日新聞の別刷り紙面。2019年5月1日

昭和が終わって30年が過ぎた今、新しい天皇とその家族を、メディアはいったいどのように扱い、表現するだろうか。平成から令和への天皇代替わりの節目に、新聞の報道の仕方に私は目を凝らした。

新聞各紙を読み比べた。主要紙は全紙がこれまで通り皇族に「さま」を付けた。「さん」ではだめなのか? 新旧の天皇が退位と即位にあたって読み上げた文章を、毎日と朝日は括弧付きの「おことば」とし、読売と産経は括弧なしでお言葉と書いた。「メッセージ」や「声明」で良いのではないか?

私は、報道記事の中では、あらゆる人物に対し敬語を使うべきでないと考えている。報道というのは客観性、平等性が命だ。上から見下ろす、下から見上げる、そのどちらの立ち位置も報道にふさわしくない。

学術論文で歴史上の人物や皇族に敬語を使わないのと同様に、報道も、家系や身分、地位によって扱いを変えるべきではないはずだ。記者やテレビディレクター個人が、天皇制や皇族にどのような思いを持つかは自由。しかし、それと記事中の敬語使用は別の問題である。

代替わりに際し、全国紙もテレビも敬語で溢れた。一方、毎日の新天皇即位の日の別刷りでは、経歴を紹介する記事で、「ピアノやバイオリンを幼いころから習い、大学のオーケストラではビオラを演奏した」などとして、本文では敬語の使用をかなり控えていた。朝日も別刷りでは控えめだった。天皇家を仰ぎ見る存在として扱わず、平準にしていこうという、ジャーナリズムとしての試みがあったのだろうと感じた。