編集幹部の総退陣を求める若手記者の声明文はハンギョレ社内で配布された。メディアトゥデイ提供

◆自由言論の象徴だったハンギョレが…

ハンギョレ新聞は、軍事独裁政権時代の1970年代に東亜日報や朝鮮日報を解職された記者たちを中心に、独立した民主言論を掲げて1988年5月に創刊された。朴正煕(パク・チョンヒ)、全斗煥(チョン・ドゥファン)の両軍事政権下で長く辛酸をなめた韓国の言論人たちが、国民の寄付を募って新しい独立系の日刊新聞を立ち上げたのだ。

ハンギョレの創刊は、筆者がソウルの延世大学に語学留学中のことだった。一面に白頭山の写真が掲げられた創刊号を買った。確か100ウォンだったはずだ。闘う韓国言論人の気概は感動的だった。留学からの帰国後も、しばらく国際郵便で定期購読していた。

ハンギョレは、盧泰愚(ノ・テウ)政権下で、北朝鮮関連取材で干渉を受けて会社を強制捜査されたり、ベトナム戦争時の韓国軍の加害を取り上げて右翼に襲撃されるなどの迫害を受けたが、筆を曲げず、「自由言論」を頑として実践した。

ハンギョレ新聞の創刊は感動的だった。これはその一面。ネイバーアーカイブより

日本に戻った後、筆者はフリーランスの記者になった。所属するアジアプレスは、90年代からハンギョレと合同企画をしたり、同社が発刊する週刊誌「ハンギョレ21」に多くの記事を寄稿した。韓国の闘うジャーナリズムは眩しく、ハンギョレの記者たちとの交わりから多くのことを学んだ。

そのハンギョレが、文在寅政権になって以降、「御用マスコミ」と陰口を叩かれるようになったという。若手記者の声明文から、ハンギョレの変質について見てみよう。