スイス・ジュネーブの国連欧州本部 前にある「壊れた椅子」。地雷やクラスター爆弾反対の象徴だ。2019年3月6日撮影 藤田早苗

◆日本政府にも義務がある

世界中であらゆる人が新型コロナウイルスに関する治療を必要としているが、ベッドや吸入器が足りないときはどうするか、という深刻な問題も起こりうる。日本のある障害者団体は医療機関がパンク状態に陥ったときに障害を理由に治療拒否をしないようにと要請する声明を発表した。
国連では3月26日に、40もの人権専門家(特別報告者とワーキンググループ)が、リソースや保険が不十分であっても、それを特定の患者集団を差別する正当化理由にしてはいけないとする共同声明を世界各国に向けて発表した。彼らが依拠する最も基本的で包括的な国際人権条約である社会権規約と自由権規約には、「差別の禁止」が規定されている。つまり、政府は両規約に規定されているすべての権利を「人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治的意見その他の意見、 国民的若しくは社会的出身、財産、出生又は他の地位等」によるいかなる差別もなしに保障しなければならない。そこには「健康への権利」も含まれる。日本も両規約を批准しており、政府はこの義務を負う。
藤田早苗 (エセックス大学ヒューマンライツ・センター)

 

新型コロナウイルス対策に例外があってはならない 「誰もが人命救助を受ける権利がある」
国連専門家声明 ジュネーブ 2020年3月26日

国連の人権専門家らは、公衆衛生や緊急措置だけで新型コロナウイルスの危機を解決することは難しく、その他の人権問題についても積極的に議論されるべきであると述べた。専門家らは

「すべての人に例外なく人命救助を受ける権利があり、そしてその責任は政府にある。リソースや公的・民間保険が不十分であることを、特定の患者集団に対する差別を正当化する理由にしてはいけない」
としている。

「すべての人に健康の権利がある。障害を持つ人々、高齢者、マイノリティーの集団、先住民族、国内避難民、極度の貧困状態にある人々、人口密度の高いところに住んでいる人々、居住型施設に住んでいる人々、身柄を拘束されている人々、ホームレスの人々、移民や難民、薬物依存の人々、LGBTやジェンダーの多様な人々を含め、あらゆる人々や集団が政府からの支援を受ける必要がある」

「生物医科学の進歩は、健康の権利を実現するために非常に重要である。しかし、あらゆる人権も同様に重要である。差別の禁止、参加、エンパワーメント、説明責任といった原則が、健康に関する政策すべてに適用されなければならない」

国連の専門家らは、世界保健機関(WHO)がパンデミックの抑制に向けて推奨する対策を支持した。国家に対しては、公衆衛生システムに関わるすべてのセクター(予防と発見から治療と回復までの全過程に関わるもの)に必要なリソースを供給するための断固たる行動を呼び掛けた。

「しかし、今回の危機対応では、より多くのことが必要である。国家は、危機によって特に被害を受けやすい人々に支援が行き届くように、追加の社会的保護措置を講じなければならない」
と専門家らは強調した。

「その中には、既に社会的・経済的に不利な立場にあったり、さらなる介護の負担に耐えたり、性別による暴力のリスクが増大した中に暮らしている女性を含む」

専門家らは、新型コロナウイルスの感染拡大と勇敢に闘う世界中の医療従事者に感謝と賞賛の意を表明した。

「彼らは膨大な仕事量に直面し、自分の命を危険にさらしながら、リソースが不十分な場合は、耐え難い倫理的なジレンマに向き合うことを強いられている。医療従事者は政府やビジネス界、メディア、一般市民から可能な限りのサポートが必要である」

専門家らは「新型コロナウイルスは深刻な世界規模の課題である」と言う。

「しかしながら、これは普遍的な人権の原則を再び活性化するための警鐘でもある。これらの原則と科学的な知識への信頼は、フェイクニュースの流布や偏見、差別、不平等そして暴力に勝るべきである。我々は前代未聞の課題に直面している。この危機に際し、特にビジネス界は引き続き人権上の責任を負う。協調的な多国間の取り組みや、連帯と相互信頼があって初めて、我々はパンデミックを打ち負かし、回復力を高め、成熟し、団結する。新型コロナウイルスのワクチンが発明されたら、差別なく提供されなければならない。それまでの間は、人権に基づくアプローチこそが、公衆衛生に対する主要な脅威を抑制するのに効果的な、もう1本の道筋であることが既に知られている」

と専門家らは締めくくった。

 

健康への権利に関する特別報告者 Dainius Pūras
女性への暴力に関する特別報告者Dubravka Šimonović,
思想信条の自由に関する特別報告者Ahmed Shaheed
性的指向とジェンダー・アイデンティティーに関する独立専門家Victor Madrigal-Borloz
イランの人権状況に関する特別報告者Javaid Rehman
高齢者によるすべての人権の享受に関する独立専門家Rosa Kornfeld-Matte
水と公衆衛生への人権に関する特別報告者Léo Heller
真実・正義・賠償・再発防止保証の促進に関する特別報告者Fabian Salvioli,
マリの人権状況に関する特別報告者Alioune Tine
少数者問題に関する特別報告者Fernand de Varennes
人権と国際連帯に関する独立専門家Obiora Okafor
スーダンの人権状況に関する特別報告者Aristide Nononsi
人権と環境に関する特別報告者David R. Boyd
現代奴隷制に関する特別報告者Urmila Bhoola
アフリカ系の人々に関するワーキンググループAhmed Reid (Chair), Dominique Day, Michal Balcerzak, Ricardo A. Sunga III, and Sabelo Gumedze,
発展の権利に関する特別報告者Saad Alfarargi,
先住民族の権利に関する特別報告者Victoria Tauli Corpuz,
民主的かつ公平な国際秩序の促進に関する独立専門家Livingstone Sewanyanan,
障害者の権利に関する特別報告者Catalina Devandas Aguilar
ミャンマーに関する特別報告者Yanghee Lee
女性差別に関するワーキンググループElizabeth Broderick (Vice Chair), Alda Facio, Ms. Ivana Radačić, Meskerem Geset Techane (Chair), Melissa Upreti,
中央アフリカ共和国の人権状況に関する独立専門家Yao Agbetse
1967年以降占領下のパレスチナの人権状況に関する特別報告者S. Michael Lynkthe
ハンセン病患者とその家族への差別撤廃に関する特別報告者Alice Cruz
拷問と非人道な扱いに関する特別報告者Nils Melzer
人権と環境に関する特別報告者 David R. Boyd
カンボジアの人権状況に関する特別報告者Rhona Smith
アルビニズムの人たちの人権の享受に関する独立専門家Ikponwosa Ero
エリトリアの人権状況に関する特別報告者Daniela Kravetz
表現の自由に関する特別報告者David Kaye
ベべラルースの人権状況に関する特別報告者Anais Marin,
多国籍企業と人権に関するワーキンググループGithu Muigai (Chair), Anita Ramasastry (Vice-chair), Dante Pesce, Elzbieta Karska, and Surya Deva
集会結社の自由に関する特別報告者Clément Voule,
反テロに関する特別報告者Fionnuala D. Ní Aoláin
人権擁護者の状況に関する特別報告者Michel Forst
国内避難民の人権に関する特別報告者Cecilia Jimenez-Damary
恣意的拘禁に関するワーキンググループJosé Antonio Guevara Bermúdez (Chair), Leigh Toomey (Vice-Chair on Communications), Elina Steinerte (Vice-Chair on Follow-up), Seong-Phil Hong and Sètondji Adjovi
失踪に関するワーキンググループ Luciano A. Hazan (Chair), Tae-Ung Baik (Vice-chair), Houria Es-Slami, Henrikas Mickevičius, Bernard Duhaime,
人種主義と人種差別に関する特別報告者E. Tendayi Achiume
文化的権利に関する特別報告者Karima Bennoune
ソマリアの人権状況に関する独立専門家Bahame Nyanduga,
こどもの性的搾取に関する特別報告者Maud de Boer-Buquicchio

 

訳 藤田早苗、翻訳チーム

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藤田早苗(ふじた・さなえ)
エセックス大学人権センターフェロー。同大学にて国際人権法修士号、博士号取得。名古屋大学大学院修了。秘密保護法、報道の自由、共謀罪等の問題を国連に情報提供、表現の自由特別報告者日本調査訪問実現に尽力。

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