野中章弘×辺見庸×綿井健陽 対談(11)
作家 辺見庸とアジアプレス 野中章弘、綿井健陽が、
イラク戦争と報道、そして自衛隊派遣の論理を問う
(この対談は2003年12月27日に収録されたものです)

【米軍機から市場に落とされた爆弾で重傷を負った少女】(バグダッド・2003年/撮影:綿井健陽)

野中 
イラクの人々を抑圧するフセイン独裁政権を打倒するというアメリカの論理を通して、人権の回復と国家の介入の問題をちょっと考えてみたいと思います。

辺見さんはベトナムにもおられましたが、僕も1980年からカンボジアの取材をしていました。ポル・ポト政権をベトナムが倒した時からずっと解けない疑問があるんです。ポル・ポト政権下では多くの人々が亡くなり、弁明の余地がないような悲惨な状況があった。

そのポル・ポト政権をベトナムが侵攻して倒した。しかし、ベトナムは人道的見地から戦争を仕掛けたわけではなく、ベトナムにはベトナムの思惑があった。あの時日本の知識人もこの評価をめぐって、二つに割れていた。
フセイン、金正日政権は国内で非道なことをしているのは疑いがない。それに対して他国や国際社会が政権打倒に動くということをどう考えたらいいのか。どうもその辺が解けないんですね。

辺見
野中さんから議論の内容を事前に八項目ほど頂いて、この設問はどうしようかと思っていました。久しぶりにこういう設問を受けて僕は内心嬉しいんですが、僕に結論があるかといえば、結論はないんですよ。でもこれは絶対に発しなければいけない設問だと思うんですよ。独裁政権に対して第三国が武力を行使して打倒する権利が、人道的にも国際法上にもあるのかどうか。

これはポル・ポト政権に遡らなくても、今後とも最大の問題になると思うんです。現状はOKなんですが、この論理が一番力を持ち始めたのはボスニアからだと思う。この時は欧州の左翼知識人までもが、アメリカの爆撃を支持していたんです。その中にはスーザン・ソンダクまで入っていて、この人までアメリカの軍事力に依拠してやらなければいけないと言うのか、と僕はがっかりしましたね。

では代替の案を出してくれと言われるとその返答には窮する。僕個人の内心はボスニアの内戦は反対だったし、ベトナム軍のカンボジア侵攻も正当化できない。国際社会が放置していると、次から次へと虐殺が起きているじゃないかと言われたら僕にもわからない。

ただ、僕がはっきりと言えるのは、アメリカがベトナム戦争以降に始めたのはグレナダの作戦なんですね。レーガン政権の1983年、僕がカリフォルニアのバークレーにいた頃です。ベトナム戦争がああいう結果になって、アメリカは海外に兵力を出しにくくなったけれど、レーガン政権になってグレナダに侵攻したんです。
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