市場経済がじわじわ拡大する北朝鮮社会。それに伴い、国外の情報も商品となって国内に浸透し始めた。
【写真】 鴨緑江沿いを巡察中の北朝鮮の国境警備隊。ほとんどの部隊が密輸に関係して賄賂を手にしているという。(03年9月 石丸次郎撮影)

◆ビデオデッキも韓国ドラマも商品に
越境者・難民が国外の情報を北朝鮮内にもたらし、中国の携帯電話が密かに搬入されて「通信手段」が生じたことで、ここ数年だけでも北朝鮮には急速に外部世界の事情が伝わるようになった。それに加え、「原始的市場経済の増殖」による商行為の凄まじい横行(「揺れる北朝鮮」第一部を参照)も、情報流入を加速化させている。情報も「商品」として取引されるようになったからである。

私が03年9月の中朝国境現地取材でもっとも驚いたのは、ビデオやビデオCDが大量に北朝鮮に運び込まれていることだった。統制経済が麻痺状態の北朝鮮では、大半の国民が商行為に走り回り何とか生計を立てている。その一方で、特権を利用してぼろ儲けをしている富裕層が生まれつつある。衣食住に問題のない彼らに人気なのは、中国から合法・非合法に入ってきたカラーテレビやビデオデッキ、ビデオCDデッキなのだという。
「数年前までは香港のカンフー映画が多かったんですが、最近では言葉が理解できる韓国の連続映画(テレビドラマのことだろう)が大人気です」
とは、9月中旬に脱北した咸鏡北道の鉱山労働者D氏の証言だ。だが、機械はともかくソフトはどうしているのだろう?

◆人気ソフトは韓国テレビドラマ中国朝鮮族の密輸屋B氏によると
「延辺朝鮮族自治州に韓国人が持ち込むビデオや、韓国の衛星放送の録画、それに中国のテレビで放映される韓国の連続ドラマなどをコピーしたもの」 が主流だという。
「知り合いの家に集まってこっそり韓国の映画を見ました。もちろん見つかるとヤバイ。題名ですか?確か『初恋』でした」脱北者のD氏は言う。

「初恋」は韓国SBSで放映されて人気を博した連続ドラマで、昨年完結したばかり。いわば韓国の最新トレンディードラマだ。それを特権層ではない、生活苦で脱北してきた人が見ていたのは驚きだった。
「北の映画は堅いし、ドラマも結局は政治の話なんです。韓国の映画は楽しいですよ。先進的な暮らし振りも興味深いし、ストーリーも面白いです」とD氏は言う。

中国から持ち込まれた韓国映画、ドラマはダビングを重ねられ、北朝鮮内に拡散していく。そこに働いているのは政治的意図ではなく、「見たい」という欲求を満たそうとする商魂=市場の原理なのである。
「ビデオ一本が2000~3000ウォン(現時点での実勢レートは100ウォン≒10円)します。ヤバイ品だからおおっぴらには売っていないけれど、市場にいると、手ぶらの人が寄ってきて『試しに見ないか』と声をかけてきます。もちろん、貸しの場合は値段が安い。人気のビデオデッキは北朝鮮、中国方式のPALと、韓国、日本方式のNTSCの両方が見られる機械です。シャープ、ソニー、ナショナルが高級品扱いされています」

こう言うのは、このシリーズで何度か証言を紹介した咸鏡北道の密輸屋C氏。彼自身はソフトではなくビデオ機器を扱っている。
「ビデオやVCDが人気があるのは、北朝鮮のテレビが面白くないから。国境地帯は中国のテレビが映るけれど、チャンネルを変えているのがばれるとやばいからビデオを見る」 と、C氏は言う。
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