食糧供給カード(配給表) この数年というもの、配給表は一度もまともに記入されたことがありませんでした。この4年間に配給されたのは合わせて1、2ヶ月分になるかならないか……。ぼくの村は30余戸でしたが、99年までに10世帯が飢えと病気で死んでしまいました。 ―デハン(キルスの叔父)

食糧供給カード(配給表)
この数年というもの、配給表は一度もまともに記入されたことがありませんでした。この4年間に配給されたのは合わせて1、2ヶ月分になるかならないか……。ぼくの村は30余戸でしたが、99年までに10世帯が飢えと病気で死んでしまいました。 ―デハン(キルスの叔父)

 

生きる方法は脱出のみ [その1]
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(文) リ・ドンハク [キルスの伯父・ファヨンの父]
48歳。咸鏡北道花台郡出身。労働党員であったが1999年1月に北朝鮮脱出北朝鮮では製錬所、建設企業所の、副職場長などを務めた。
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脱出の何日か前のことであった。私が通っていた企業所職場に所属する副業船(漁船)に乗った同僚と話をする機会があった。
私が彼に、「サケの時期はサケで、イカの時期はイカでもうかるんだろう?」と言うと、彼はこんなことを言った。

「海の出入りを統制する軍隊に渡す分があるし、油代もかかる。船乗りが豚肉を食べる費用がいくら、というようにあれこれ出費が多い。そして初級党秘書や職場の支配人、また他の幹部たちにやる分も少なくないので、漁師といってもたいしてもうからない」
ある夏にはもっとも大きなイカを選んで干したもの、ドラム缶100缶分を初級党秘書に持って行ったこともあったという。

市場では大きくていいイカはドラム缶1本で500~600ウォン、時には700ウォンになることもあった。初級党秘書が運転手を毎日埠頭に行かせるのだが、そのたびに持っていってしまう生イカは、いったいいくらになるのだろう。その量は漁師の手に残る量の何倍にもなるはずである。合計すると何十万ウォンになるはずである。
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