44年前のポルトガル戦、サッカー北朝鮮代表秘話
2010W杯南アフリカ大会1次リーグで、ポルトガルと接戦した北朝鮮代表チームは、0-7で大敗した。
44年前の1966年7月23日。英国リバプールで行われたWカップ準々決勝の北朝鮮対ポルトガル戦。ポルトガル有利の予想を覆し、北朝鮮が前半25分間で3点を奪うも急速に失速、名ストライカーのエウゼビオに4点を奪われるなどし、北朝鮮は5-3で敗れた。ポルトガルの鮮やかな逆転劇として今もサッカー史に語り継がれる名勝負となった。

だがこの試合の後、北朝鮮の代表チームは解散、選手たちの大半は炭鉱に送られ、重労働を課せられた話はあまり知られていない。当時その炭鉱で働いていた脱北者の文敏男(ムン・ミンナム)さんにインタビューした。文さんは日本生まれ。1960年代初頭、在日朝鮮人の帰国運動で家族と共に北朝鮮へ渡るも、その後脱北。2007年に日本に入国した。

■女性に骨抜きにされた? 北朝鮮代表チーム
北朝鮮北部の咸鏡北道に、褐炭の生産地として名高い阿吾地(アオジ)炭鉱がある。この炭鉱に、1967年のある日、3人のサッカー選手が送られたと文さんは語る。彼らの名は朴斗翼(パク・トゥイク)、申英奎(シン・ヨンギュ)、そして李賛明(イ・チャンミョン)。いずれも1966年Wカップ北朝鮮代表の中核選手たちである。

当時、阿吾地炭鉱で働いていた文さんは、ある選手の妻から彼らが炭鉱送りになった理由を聞くことができた。それは「思想的な堕落」。代表選手たちがポルトガルとの大一番を控えた前日の夜、規則を破り現地の女性たちと一夜を共にしたのだという。女性たちは選手が泊まるホテルの部屋を訪ねてきた。自由奔放なヨーロッパの雰囲気に憧れていた選手たちにとって、この誘いは魅力的だった。半分ほどの選手は誘いを断ったものの、断れなかった選手たちは女性と一夜を共にしたという。

その「効果」があったのか、次の日、北朝鮮の選手たちはサッカー史に残る大逆転劇を許すことになる。ポルトガルを相手に圧倒的なリードを奪っておきながら「スタミナ切れ」を起こし、敗れたのだ。これに怒ったのが北朝鮮代表チームのコーチたちだった。半分勝っていた試合だったのに、なぜもやすやすと逆転を許してしまったのか?チームは直ちに「総括」を行うことになった。(李鎮洙)

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