社会主義を標榜する北朝鮮で住む所に困るというのは不思議なことのように思える。だが、元々北朝鮮では住宅の供給が足りなかった。ベビーブームの六〇年代から、一つの家に二世帯、三世帯が間仕切り一つで住んでいることは珍しくなかった。平壌(ピョンヤン)とは違い、アパートや住宅建設が後回しにされた地方では、このような「同居」と呼ばれる居住形態が多かったという。これは住宅を供給する国家の指示の下に行われていたため、最近のように個人間で不動産貸し借りをするわけではなく、金銭のやりとりも発生しないのが一般的だった。

これに対し「間借り」では、個人間に貸主と借主という関係が明確に存在するようになった。「間借り」が目に見えて登場し始めたのは一九九〇年代からだ。食糧配給も給料もほとんどなくなってしまった北朝鮮では、なんとかして自力で現金を手に入れないと生きていけなくなった。食べ物を買う最後の手段として、家を売り飛ばさなければならなかったり、借金のカタに家を取られたりした人にとって、コチェビになるのを避けるためには「間借り」をするのが、最後のぎりぎりの選択なのである。

北朝鮮では元々、不動産は国家の所有であるため、個人が取引を行うことは禁止されている。だがワイロと権力を使えば、実際にはいくらでも可能であるため、どうしても住むところが欲しい借主の需要を満たす、資本主義社会で言う「賃貸業」が盛行している。だが元が違法行為であるため法の保護が行き届いておらず、借主が女性の場合、立場を利用した貸主に性的な暴行を受ける場合もある。また反対に、借主が貸主の家で盗みを働くなどの問題も起きているという。

部屋を借りるには、家のある地域の保安署(警察)、洞(地区)事務所、そして人民班にそれぞれ、新たな世帯として貸主の家に同居する旨を登録する。その際、貸主は「有償である」ことをおおっぴらにはしない。このように手続きを進め、該当部署から「同居許可証」が発行されれば「間借り住まい」はスタートする。家賃は全て前払いで、それも六ヶ月分程度をまとめて貸主に支払わなければならない。これは家賃が払えない場合のトラブル防止のためだ。

未払い時に貸主は借主をいつでも追い出すことができる。だが名目上はあくまで国家公認の「同居」となっているため、そうした場合は人民班で「もう三ヶ月だけ様子を見てあげたらどうだ」という形で一応のフォローが入る場合もあるという。
故金日成主席の「瓦屋根の家」の夢を、五〇年たった今、語る人は誰もいなくなった。
取材・整理 リ・ジンス
二〇〇九年八月

注1 「貨幣交換」以前の金額。日本円に換算すると八〇〇円程度だ。