◆ 福島の母たちの思い

「HAT神戸」のなぎさ公園では防災をテーマにした「ひょうご安全の日のつどい」が開かれた。東日本大震災の被災地支援のブースも目立つ。神戸に避難している福島の母親グループ「べこっこMAMA」のロールケーキとコーヒーセットは約100 食を完売するほどの人気ぶりだった。

べこっこロールを販売する藤峰さん(右から2人目)

神戸の子育て支援グループが開いた集いなどで出会った7 人が、昨年7月結成した。ロールケーキは名づけて「べこっこロール」。自立への一歩として、地元洋菓子店の協力で生まれた。生地にフランボワーズ(木いちご)を練りこみ、福島の郷土玩具「赤べこ」をイメージしている。

藤峰智子さん(36)は昨年3月16日、双子の男の子(3歳)を連れて郡山市から自主避難した。夫は仕事で地元に留まり二重生活が続く。先月、3週間余り郡山に一時帰宅したが、日に焼けていない福島の子どもの姿に胸が痛んだ。

藤峰さんは神戸出身。阪神大震災のときは大学1年生だった。須磨区の自宅は無事だったが、当時の惨状は目に焼きついている。二つの震災を追悼する今年の1・17には、特別な思いがあった。

この日、会場で、神戸の復興を願う歌『幸せ運べるように』を合唱しているうちに悲しみが胸を突き上げ、涙がこぼれた。
「いろんなことがありすぎて心も身体もいっぱいだったのかもしれません」

◆ 寂しさいまもつのる
花柳流師範の加賀翠さん(56)は東灘区の森公園で午前5時46分を迎えた。森地区の犠牲者は107人。慰霊碑には翠さんの一人娘、桜子ちゃん=当時6歳=の名が刻まれている。震災から12年後に授かった亮君(11)も、面差しの似た姉の冥福を祈った。

去年が十七回忌。歳月は心に落ち着きを取り戻させてきたが、やはりこの日は平常心でいられない。寂しさが募る。
森南地区は震災直後、さらなる「災」に襲われた。市の区画整理事業。17メートルの幹線道路が、娘と暮らした家の上を貫く計画だった。住民の先頭に立った父、幸夫さんも3年前の大晦日、この世を去った。
3・11後初めて迎える鎮魂の日。辛い思いをしてきた自分たちだからわかる。「本当に長いですから」。翠さんはそう東北の被災者を慮った。
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