記者:それはいつ頃ですか?
カン:二〇〇〇年頃からずっと大変ですよ。収入が無いから家も手放し、住むところがないので物乞い・コチェビのような暮らしもしました。それで収容施設に入れられたりもして......。今回知人の助けでここ(中国)に来ていなかったら、私も死んでいたでしょうね。

記者:子どもたちが面倒を見てくれなかったのですか?
カン:娘婿が除隊して、平壌に住むというから、私もそこで一緒に住もうと平壌への引越しを申請したんです。そしたら政府の方から「将軍様が『老人が 増え、平壌が高齢化している。これ以上老人を受け入れるな』と《方針》を下した」といって、平壌に入れてもらえなかったんです。これは〇七年のことです。

記者:朝鮮にも身寄りのない老人のための施設がありますよね? 「養老院」のような。
カン:向こうでは「敬老院」と呼んでいますね。私も見に行ったことがあるが、ひどいところですよ......。決まりでは三食食べさせてくれるとい うが、実際には暖を取るための燃料も、食べ物も満足にない。全て「自力更生」で、燃料は山で木を切って、自分で調達しなければならないんです。だから老人 たちは皆、「敬老院に行くのは地獄に行くのと同じ」だと言い合っていますよ。でもそこしか行くところがなければしょうがないでしょうね。

記者:外国には「うらやむもののない社会主義祖国」を喧伝していますが、国を支えてきた老人に対するいたわりすら無いんですね。
カン:みなひどい有様ですよ。若い連中がどれだけ口汚く老人を罵ることか。バスが混んでいても、年寄りに席を譲らないばかりか「この年寄りめ、家で じっとしてそのまま死ねばいいのに、何をうろちょろしているんだ」と言われ、あべこべに席を譲らされるくらいですから。朝鮮では「国定価格と道徳はもはや 有名無実になった」と言い合ってますが、その通りですよ。

カンさんはここまで語ると、何かを思い出したかのように、いたずらっぽい表情を一瞬浮かべ、こう続けた。

カン:「先軍政治」という言葉を聞いたことがあるでしょう? 朝鮮では個人の家でも軍事スローガンを掲げるんです。「皆が爆弾となって、将軍様を決 死の思いで守ろう」といった具合にね。最近になってからは、それでは飽き足らないのか、私のような老人の部屋にまで軍事スローガンが掛かるようになったん ですよ。どんな言葉だか分かりますか?

記者:さあ......、分かりません。
カン:「自爆精神」です。

記者:「自爆精神」か。それは国が部屋に掲げるよう指示するんですか?
カン:いえいえ。子どもたちが勝手に部屋に掛けたんですよ。それで、自分たちの部屋には「将軍様の家族として」と、掛けてある。

記者:......どういう意味でしょうか?
カン:自力で生きていけないのなら、これ以上家計の負担にならないよう、「自爆精神」を発揮してくださいというわけです。自分たちは「将軍様の家族 として幸せに生きていく」から、お父さんお母さんは、将軍様のために命を捧げる覚悟で自爆してください。つまり「早く死んでください」という子どもからの メッセージなんですよ。

民族の伝統とされる敬老精神も今や昔。金日成、金正日の親子二代にわたる「領導」は、住民の経済生活だけでなく、文化や思いやりの気持ちまで衰えさせてしまったようだ。

取材 パク・ヨンミン
整理 リ・ジンス
二〇一一年夏

注1 李升基。一九〇五年生まれ。植民地時代に京都帝大で学びビナロンを発明。五〇年に越北した北朝鮮を代表する科学者。

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