昨年夏に黄海道一帯を襲った水害により全壊した住宅。黄海南道延安郡新陽里で撮影されたもの。昨年8月2日に国際赤十字委員会が発表した報告書から引用。(写真:朝鮮赤十字社)

 

このような国家による無理な収奪こそが、穀倉地帯である黄海道で餓死者が大量発生する引き金を引いたのである。付言すると、100万~300万人が餓死したと見られる90年代後半の「苦難の行軍」期、黄海道は餓死者が北朝鮮全土でもっとも少なかった地域であった。

◆政治偏重の浪費で被害はさらに拡大
昨年12月19日、17年間にわたり絶対的な権力の座に君臨していた金正日総書記が死去した。それから今年4月末まで間、北朝鮮は政治行事一色であった。金総書記の葬儀、世襲後継者・金正恩氏の「指導者デビュー」、「ロケット発射」、4月15日の故金日成主席生誕百周年など、国家的イベントが相次いだ。一連の行事には多くの民衆が動員され、莫大な資金が投入された。非生産的な「政治的な浪費」が続いたのである。

金正恩氏への権力移譲を安定的に進めることが、北朝鮮政権の当面の最重要課題である。そのため、体制維持に欠かせない人民軍と、多数の党員・幹部が住み、政権への忠誠度が高い平壌市民への配給をなんとか維持することが優先事項とされた。中国を親戚訪問で訪れていた平壌の女性は8月、取材班にこう語っている。
「今年になって、平壌の中心区域ではここ数年で最も安定した食糧配給が行われている。毎月欠かさず労働者には14キロが、それ以外の人々には7キロの配給がある」。

限られた物資を、優先配給対象の平壌へと集中させていたようである。
「強盛大国の大門を開く」と公言した4月15日に合わせ、昨年から急ピッチで進められていた平壌再開発事業に貴重な外貨、資源、労働力が集中投下されたことも、明らかに「政治的浪費」であった。10万戸を目標にした高層アパート建設、巨大な遊園地、イルカショー施設などの不要不急の施設の突貫工事が相次いだが、そのために全国から動員された「突撃隊」と呼ばれる作業組織、大学生、建設労働者に供給する食糧も大量に必要になった。

黄海道の農民たちは、生産物の収奪という形で、こうした「政治的浪費」のツケを払わされたのである。もし、平壌再開発事業に使われた貴重な外貨が、食糧輸入や営農資材購入に当てられていたら、今年、黄海道で大量の餓死者が出るほどの人命被害は発生しなかったのではないだろうか。

金正日総書記の急死という事態も、農民の暮らしに打撃を与えたようだ。ク記者は次のように説明する。
「黄海南道の海沿いの地域の農民たちにとっては、農閑期の10月末から3月にかけて、海(黄海)で貝や魚や海草を採って得る現金や食糧が、春まで食いつなぐための生命線なんです。しかし、金正日の死去から2か月間、統制強化で海岸に出ることが禁止されてしまいました」。
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